オロロンの行方

第20話

『どうだい柊さん、そっちには大分慣れたかい?』


ミレジカに来てから数日が経ち、やっと仕事にも慣れてきた時、部長から電話が入った。


「はい、何とか……」


パジャマに着替え、そろそろ寝ようとしていた時だったので、燈はベッドの上で足を伸ばしながら部長と話をしていた。こういう時電話は楽だなと思う。相手に自分が今どんな格好をしているのか知られる事はないのだから。


『仕事も大切だが、アイデアの方はどうだい?何かいいものが浮かんだかい?』

「…うーん。まだ微妙、ですね」

『頑張ってくれよ。柊さんの持ってくるアイデアでうちの会社の新キャラクターを作り上げるんだから』

「……はい」


燈は苦々しい表情で返事をした。最初は想像力を高める出張だと言っていたが、本当の狙いは燈にミレジカで新たなキャラクターの案を考えさせる事だったようだ。部長と電話している内に、何となくそう感じた。そんな大役、自分でなくても良かったのでは、そう思うが、言葉にする事は出来なかった。

キャラクターを作るには、モデルがいないといけない。燈は仕事場の仲間の姿を思い浮かべた。


ウィルは可愛いキャラクターになれるような感じではない。…それに、魔法使いだから『魔女ガールくぅちゃん』と被る。ライジルも却下だ。あんな強面のキャラを見たら子供達が泣いてしまうとなると、ラビィかリックだろうか。二人とも可愛いし、兎と犬だから子供からも好かれそうだ。


(でも、何か違うんだよなぁ……もっと、インパクトが欲しいっていうか……)


ううんと頭を悩ませていると、部長が「そうだ」と電話越しで口を開いた。


『そこで働いている人をモデルにすればいいじゃないか!』


それ、今考えていましたけど。そう言いたくなったが、相手が上司な為、燈は必死に言葉を飲み込んだ。そんな事を知る由もない橘はいいアイデアだとばかりに明るい声で続ける。


『それがいい! そこで働いている五人の中にいいキャラになりそうな奴はいないかい?』

「…いないですよ。ウィルや虎のライジルは無理そうですし、兎のラビィと犬のリックは可愛いからいいと思いますけどインパクトが……え?」


燈ははてと首を傾げた。


「あれ? 部長…働いているのは四人のはずでは……?」

『そんな事はないだろう。だってウィルから聞いたんだから』

「でも私四人しか会っていないですよ?」

『んん? ちょっと待っていてくれ、ミレジカの社員のリストがあるから……』


橘がそう言うと、電話越しで紙の擦れる音が聞こえた。しばらくして「あったあった」と部長が呟いた。


『やっぱり五人だぞ。メンバーはウィル、ラビィ、ライジル、リック………オロロン』

「オロロン? ……あ!!」


その名前が出て、思わず声を上げてしまった。そういえば初めて来た時そんな名前を聞いたような気がする。


「オロロンっていう人にはまだ会っていないです!」

『え、そうなのかい? もう数日経っているし、てっきり全員会っているものだと…』

「私が来た時からその人いなかったんです。手紙を持っていく依頼を受けたっていうのは聞いたんですけど…」

『うーん…。いくら何でも一回くらい顔を出すものじゃないか?』

「そうですよね…」


すっかり忘れていた五人目の仲間。何故一度も顔を出さないのだろうか。まさかまだ依頼を続けているわけじゃないと思うが。燈は明日オロロンについて尋ねてみる事に決めた。



*****


「ああ、オロロンなら依頼を受けたまま帰って来ていないよ」


翌日、仕事場に行き部長席に座るウィルに尋ねると、彼から他人事のような言葉が返ってきた。


「私、まだオロロンに会った事ないんだけど……いつからいないの?」


ウィルの目の前には紙が数枚空中に浮かんでいた。まるで透明なガラスに貼り付けられたかのようだ。ウィルの目線に、几帳面に並んでいる。


「確か………一ヶ月くらいかな?」


ウィルが手を払うと、紙はその場で一纏めになり、そのまま床に落ちた。


「い…一ヶ月!?」


予想もしていなかった答えに、燈はギョッとする。


「手紙を渡すのにそんなに時間が掛かるの!?」

「うん、彼はマイペースだからね。何処かで休憩でもしているんだろう」

「いくらマイペースでも一ヶ月も休憩しないよ!!」


楽観的すぎるウィルに、思わず声を大きくしてしまう。この人には心配する心が無いのだろうか。


「オロロンを探そうよ! ……ねぇ、皆もそう思うでしょ!?」

「……あ、うん」

「……そうだねー」


そう言って振り返ると、ラビィとリックは困惑しながらも僅かに頷いた。若干の温度差が気になったが、今はそれを言及する事はしなかった。

このマイペースな仮上司の重たい腰を動かさなければ。燈は机を思い切り叩く。机上の紙が何枚か落ちてきたが、燈は気にしなかった。そしてずいとウィルに顔を近付けた。


「仲間でしょ! もしかしたら道に迷っているのかもしれないよ? ウィルが行かないなら……私が行くから!」


燈が声を荒げてそう言うと、ウィルは観念したように肩を竦めた。


「やれやれ、分かったよ。……じゃあ今日はオロロンを探しに行こうか」

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