謎の出張と不思議な魔法使い
出張命令
第2話
「柊さん。次の週から出張をしてもらいたんだが」
突然部長に会議室に呼び出されたものだから何事かと思えば、急な出張の依頼だった。
「…はい?」
柊燈は部長の前にも関わらず声を裏返しながら聞き返してしまった。
燈は知名度はそこそこの玩具メーカー『DREAM MAKER』に勤めて二年目になる。 玩具のアイデアを出す開発課に所属している。先輩の下で約一年学び、ようやく自分も玩具のアイデアを出せると意気込んでいた時ーー部長に呼び出されたのだ。 何かやらかしてしまったかと思いひやひやしながら会議室に入ったのだが、まさかの出張依頼に燈は目を瞬かせる事しか出来なかった。
「急な依頼で申し訳ないね。だが、君にはどうしても行ってもらいたいんだ」
白髪混じりの黒髪を手で整えながら部長は燈の答えを待たずに数枚の資料を手渡した。
「え…でも、魔女ガールくぅちゃんのグッズのアイデアの締め切りに間に合わなくなってしまいます…」
「それは先輩達に任せなさい」
あっさりとそう言われ、燈はショックだった。 まるで自分のアイデアなんていらない、と言われているようだったから。
「あ、いや…別に君のアイデアがいらないと言っているわけじゃないんだよ。この出張は君の想像力を育てる狙いがあってね。柊さんには十分期待しているんだ。…だけど、今回の事は諦めてくれ。次の機会があるから…」
燈の目が潤んだのに気付き、部長は慌てて弁解する。 魔女ガールくぅちゃんのアイデアが出せないのは仕方がないが、期待という言葉が胸に響き、渋々「分かりました」と頷いた。
「…それで、私はどちらに行くんでしょうか」
燈は当たり前の質問をしたはずだった。 しかし、部長は困ったように後頭部に手を当てた。
「それなんだがね…まだ言えないんだ。場所は決まっている。…が、ここでは言う事が出来ない」
「…どういう事ですか?」
ここでは言う事が出来ないとはおかしな話だ。 そんな誰にも言えないような怪しい場所に行かないといけないのだろうかと燈は不安になった。
「…あ、別に恐ろしい所に行くわけじゃないんだ。ただ、今の君に言っても信じてもらえないと思ったから…」
燈の思考を読んだかのように、部長は咄嗟に否定する。
「信じてもらえない…?」
「私の口からはそんなに言えないのだがね」
これだけは言える、と部長は人差し指を立てた。
「そこでは、君の常識は通用しないよ」
*****
「あ!柊ちゃん、どうだった?」
腑に落ちないと顔を曇らせてオフィスに戻ると、待ってましたとばかりに片桐祥子が手招きをしてきた。
祥子は燈より四つ上の先輩。顎下くらいの長さの黒髪で、身長は百七十センチ前後という長身だ。
さばさばしており、はっきりと意見を述べる祥子は、燈の憧れの存在だった。
「片桐さん…。私、出張に行くみたいなんです…来週から」
「えぇ?随分急だね。普通はもっと前から伝えるはずなんだけどね。…で、何処に行くんだって?」
「それが……言えないって。部長は行ってみないと信じてもらえないからって言うんです…」
「物事ははっきりと言うあの部長が言葉を濁すなんて…そこはそんなにやばい場所なのかしら」
「…」
「あ、冗談!嘘嘘!部長が柊ちゃんをやばい所にやるわけないじゃない!」
不安そうに顔を俯かせる燈に、祥子は慌てて両手を振った。
「部長は他に何て言っていたの?」
「…そこでは君の常識は通用しないって」
「常識が通用しない所…ねぇ」
髪を耳にかけながら、祥子はふと自分のデスクを見る。デスクの真ん中にはパソコンがあるが、周りにはここで開発された玩具がぎっしりと置かれていた。可愛らしい動物の縫いぐるみや、戦隊もののロボットの模型。それを見ながら祥子はぽつりと呟いた。
「もしかして…。ファンタジーな世界に出張するとか?」
「…ファンタジー?」
「魔法使いがいたり、動物が喋ったりさ。柊ちゃん、魔女ガールくぅちゃんが好きでここに入ったんでしょ?もしかしたら、そんな世界に行くのかもよ!」
「……」
冷たい空気が流れる。冗談で言ったつもりなのだが、まさか燈がそんな冷めた目で見つめてくるとは思わず、祥子は顔を赤らめながらゴホンと咳払いをした。
「…ま、まぁ冗談はさておいて。出張はいい経験になると思うよ?行ってみて損はないって!」
「……そうですよね。私…頑張ります!」
「よし!その意気だ柊ちゃん!」
祥子に後押しされ、元気を取り戻した燈は「よし!」と自分に勢いをつけて自分のデスクに座った。
「……あ、そうだ。この資料、部長に届けないと」
会議室に呼び出された時に持っていこうとしていたのだが、すっかり忘れていた。多分部長はまだ会議室にいるはず。祥子に席を外す事を伝えると、燈はオフィスを出た。
コンコン、と遠慮がちに会議室のドアをノックして燈は「失礼します」と中に入った。ブラインドが上がっていたので陽が眩しい。燈は目をすぼめながら中に入った。
「部長…まだいらっしゃいますか?」
適当な方へ呼び掛ける。しかし、部長の返事はなかった。
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