第26話
グルト城内は本日も平穏だ。騎士達は鍛錬場で己の腕を磨き、給仕達は王族の世話の為にせわしなく動き、庭師達は鼻歌混じりに剪定をしている。本日は雲一つ無い晴天だ。こんな気候だったらアメリーは出掛けたくてうずうずしていたところなのだが、運悪くアリソンに見つかってしまい、魔力の鍛錬に付き合わされている。
魔力は王族しか持っていない為、鍛錬は関係者以外しか入る事の出来ない城の地下室にある。地上の鍛錬場よりは手狭だが、魔法を練習するにはちょうど良い広さだ。
アリソンは魔力鍛錬場と呼んでいる。アメリーは滅多に来ないのだが、弟は一人で魔力を洗練する為に努力していたようだ。アメリーは魔力を増強したいなど思った事が無いので、必要最低限の事が出来れば良いと思い、鍛錬をする気にはなれなかった。そんな中魔力鍛錬場に来たのには、勿論彼女の興味を引く事があったからである。
「それじゃあリィさん、頑張ろうね!」
「うん」
アリソンがぼうっと立つリィに声を掛けると、彼はのんびりと頷いた。今最もアメリーの興味を引く者であろうリィは、以前リグルト国王から貰った透明な魔石をしっかりと握っている。
ここは魔力を持つ者――実質王族しか入る事の出来ない部屋だが、平民なのに魔力を持ち、しかも失われた氷魔法を使うリィは特例で入室する事を許された。リィの氷魔法にすっかり虜となったアメリーは、彼の魔法を見るチャンスは逃せない、と珍しく魔力鍛錬所まで来たわけである。
「まず、基本的な事をやろう。手の平に魔力を集中させてみて。こう、手の平に魔力を集める感じで……」
そう言いながらアリソンが腕を胸の高さまで上げ、手の平を空の方へ向ける。するとその手の中で弾けた音を出して雷を帯びた球体が浮かび上がった。
「これは魔力をコントロールする為の基本的な事だ。力を一点に集中する事が出来れば、より精度の高い魔法を使う事が出来る。一説では、王族の持つ魔力は平等だと言われている。だから、アメリーも頑張れば僕くらいの魔力は使えると思うんだけど」
「だって必要ないでしょ。身を護れるくらいの魔力があれば大丈夫だって!」
「何があるか分からないじゃないか。……暗殺者だって出たんだ。アメリーも真面目に魔力を鍛えた方が良いと思う」
暗殺者に命を狙われた本人から言われると説得力がある。自分も魔物の森で魔物に襲われた身だ。甘い考えを反省したアメリーは渋々頷いた。
リィは魔力の鍛錬に積極的なようで、直ぐに試そうと透明な魔石を持ち、反対の手を宙にかざす。すると微かな冷気と共に、小さな氷の結晶がいくつも現れ、球体を形成しようとリィの手中で動き出す。十数秒程で出来た魔法の球体は青と白が混ざり合っていて、アリソンのものよりやや歪だった。
アリソンは間近で見る氷魔法に目を輝かせていたが、ハッと我に返って気を取り直して咳払いを一つした。
「初めてやってここまで出来るなんてリィさんはやっぱり素質あるね」
「そう……?」
「普通だったら形も上手く作れないんだよ。例えばほら、あんな感じに」
そう言って指差した方向にいたのはアメリー。手に思い切り力を入れているが、球体を作り出す事が出来ず、ただ小さな稲光が手中であちこちに走っているだけの魔法になってしまっている。二人の視線に気付いて気まずそうに舌を出した。
それからしばらく三人で魔法を手に集中させる事を続けた。リィはまだ歪ではあるが球体を保てるようになった。
「リィさん、大分良くなったね。じゃあこれは出来るかな。剣に魔力を込めるイメージで……」
そう言いながらアリソンは持っていた剣に手をかざす。すると刀身からバチリと弾けた音が響き、淡く光り出した。時折小さな稲妻が剣に走る。魔法を武器に込める事で、剣であれば振るうと皮膚を斬るだけでなく、同時に雷魔法も喰らわせる事が出来るという。
いつも使う双剣や弓に氷魔法を込めようと、リィは目を瞑って集中するがなかなか難しいようだ。
アリソンが「そろそろ止めよう」と言うまでリィはやり続けたが、戦いのセンスを持つ彼でもすぐに出来ない事はあるようだった。
魔力は無限ではないので、消費すれば身体的疲労が現れる。アメリーはひと息ついてその場に座り込んだ。
「あ、あはは。私には魔力の素質が無いみたいだね」
「そんな事無いよ。カリバン王国の回復魔法が使えるのはこの国ではアメリーだけだし、もっと鍛えれば使いこなせるようになるよ」
アリソンはアメリーと向かい合う形で地面に座った。リィは無言でアメリーの隣に座り、胡坐をかく。
「カリバン王国は回復魔法、グルト王国は防御魔法、エンペスト帝国は身体強化魔法」
「そう! リィさんだんだんと覚えて来たね」
聞き覚えのある国名に記憶を手繰り寄せ、頭に入っている言葉をリィが口にすると、アリソンはとても嬉しそうに顔を綻ばせた。
アメリーはリィを見て微笑ましく思っていたが、カリバンの名前で思い出したアメリーはハーフパンツのポケットから黒い魔石を取り出した。センカ達が国を出てから一週間は経っていたのだが、タイミングが合わず、リグルトやアリソンに相談する機会がなかなか無かったのだ。
「カリバンといえばアリーにこれを見せなきゃと思っていたんだった」
「何これ。黒い……魔石?」
「やっぱり魔石だよね、これ。この前、センカが私にくれたの」
「見た事の無い色だ。確かカリバン王国の魔石は青色だったよね。どうしてこんな色が……」
「ちなみに、これが魔石にくっついていたんだけど、センカからの何かメッセージなのかなって思って。全く読めないんだけれど」
「見た事無い字だな。何か暗号かな……」
魔石をくるんでいた紙切れも見せると、アリソンは更に首を捻った。マカニシア大陸では共通言語があるが、辺鄙な村では独特な言語を使用している場所もある。これは何処かの村の言葉なのだろうか。
「もしかしたら、カリバンに……ナツメに何かあったのかもしれない。センカは必死にナツメの何かを伝えようとしていたの。オトギ王子に邪魔されてその先は聞けなかったんだけど……」
「……ナツメ王子の失踪は、何か裏があるって事か。あの男の事だ、裏で暗殺していてもおかしくない。とにかく、あいつは危険だ。何か隠しているに違いない。アメリーも、オトギ王子には注意して」
「う、うん」
彼の美しい笑顔の裏に、何やらどす黒い何かを感じたアメリーは、背筋に冷たいものが走るのを感じた。気を紛らわそうとリィの方を見る。彼を見ると何故か落ち着くからだ。――しかし、気持ちを落ち着かせてくれるはずの男は胡坐をかいたまま、頭をだらりと下に下げていた。
「リィ、もしかして……寝ている?」
「どうやら魔力を消耗し過ぎてしまって眠ってしまったようだね。不死でも魔力や体力は無限じゃないって事か」
魔法を使い慣れていないリィは自分の限界ギリギリまで使っていたようだ。頬を突いてみるが、リィが起きる気配はない。
穏やかな寝顔だ。アメリーは覗き込みながら微笑む。座ったまま座らせるのは良くないと、アリソンに言われてリィを二人で運び、隅に寝かせてやる。リィは男性の平均身長程ありそうだが、筋肉量が多いのかやけに重たかったので、十四歳の王子と十六歳の王女二人掛かりで運ぶのにとても苦労した。
リィを寝かせてひと息ついたところで、魔力鍛錬所の扉が叩かれる音が響いた。
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