美潮は世界を汚したい
京野 薫
学びの時間
世界は不思議で満ちている。
そして美しい物や刺激的な物にも。
せっかく親からもらった1つだけの命なんだから、無駄に生きるのなんて絶対嫌だ。
でも何故か私の周りの人たちは、自分たちはそんなつもりは無いのかもだけど、淡々と生きてるように見える。
もったいない。
好奇心と探究心さえあればいくらでも人生キラキラと輝くのに。
お金とか地頭……だっけ?
そんなの関係ないよ。
ただ、知りたいと言う気持ちとそれを実行に移す行動力。
「ね、そう思わない? おじさま」
私はそう言うと、目の前のベッドに座っている半裸の……50歳って言ってたっけ?
名前も知らないおじさんに歩み寄る。
彼は、私をすがるような目で見ている。
50歳で誰もが知る有名な企業の管理職。
いわゆる「勝ち組」って奴。
対する私、
見た目は上の中くらいか。
成績も同じくらい。
それ以外は普通の女子高生。
なのに、今の彼……顔を倍近くに腫らしたおじさまは、繁華街のラブホテルの一室にあるベッドの上で、まるでママに悪いことがバレたときの子供のように身をすくめている。
ふむ、こういう物なんだ?
「ねえ、おじさま。そんなに私の事が怖い?」
そう言うと、おじさまは弾かれたようにベッドの上で土下座した。
もう何回見ただろう……
「頼む! もう勘弁してくれ! 二度と君には手を出さない。お金は出すから……もっと。こ……このカードを使ってくれ。これは私個人の口座なんだ。いくらでも降ろして良いから……」
命を買えるならいくらでも払う、か。
なるほどね。人ってやっぱりそうなるんだね。
恐怖は理性やモラルを破壊する。
メモしなきゃ。
私はお気に入りのモレスキンのノートに、さっきのセリフに加えて、命とお金の関係性。そして、今日の日付と場所。おじさまの特徴を……あ、忘れないうちに。
「ねえ、おじさま。免許証出して」
「……え? あ……それは……。なあ、お金は出すって言ってるんだから、それで……」
「時間を無駄にする人って……嫌い」
私は拳をギュッと握りしめると、おじさまの右頬を殴りつけた。
あ、凄い……歯が……
「ねえ、おじさま! 今、おじさまの奥歯が一本飛んでいった! 凄い……こんなのあるんだ!」
ああ……誰か協力者がいれば良かった。
画像ずっと撮ってもらえたのに。
だけど、一緒に喜んでくれるかと思ったおじさまは、悲鳴を上げながらベッドの上を転げ回っていた。
あ、空手黒帯なんだよね、私。
気をつけないと殴り殺しちゃうよ。
空手道場の
キラキラもしないし、刺激も与えてくれない。
それなら、こっちの方がいいよね。
時間は有限なんだから。
「助けて……ください」
そう言って差し出された免許証を、スマホで撮影する。
「どう……するんですか?」
「コレクション。おじさま、私ね……色んな事を経験したいし知りたいの。だから、勉強した情報をこうして全部記録してる。今回は『人は恐怖に対してどこまで壊れるのか』ふふっ、気分良いからしゃべっちゃった」
おじさまは信じられない物を見るような目を向けた。
仕方ないじゃ無い。
マッチングアプリで女子高生を釣ろうとしたあげく、エッチな画像まで撮ろうとしたんでしょ?
バチがあたったんだよ。
ま、そう言いつつ私は服を着てない自分の裸体に興味なんて無いから、見られようがどうされようが、単なる事実。
なにせ、この容姿はいいエサになってくれる。
さて、そろそろ眠くなってきちゃったな。
明日も勉強したい課題を用意してるんだよね……
「じゃあおじさま、私も明日の学校があるから、解放してあげる」
おじさまは私とラブホに入った時を上回るような瞳の輝きを見せた。
そう。
これが……見たかった。
「ありが……とう。あ、このカードは持っていって……」
「どっちにする?」
「え?」
私は部屋の壁の穴に設置していたカメラを取り出した。
「一つ目。これには、おじさまが私に散々エッチな事を言ったり、変なことをしようとしてた画像や音声が全て入っている。これを、おじさまの職場内の共有サーバーとご家族のラインに送る」
おじさまの顔面が瞬時に青ざめているのが分かる。
「おじさまがシャワー浴びてるときに、携帯見ちゃった。会社のノートパソコンも。ダメだよ、今って個人情報漏洩の危険がアチコチにあるんだから。このラブホって、私の行きつけなんだ。おじさまみたいな釣った魚を入れておく生け簀。だからアチコチの部屋にこういう細工もしちゃった」
「や……やめ……」
「二つ目。それか、ここで死んで」
「なんで……解放するって……」
「うん、する。この世界からの解放。大丈夫、そこの窓から突き落としてあげるから、苦しまないし」
そう言って、自分の言葉に笑えてきて、思わず吹き出してしまった。
なに、気取ったことを……
「ごめんね、おじさま。ちょっと厨二病入ってたね」
「許してくだ……さい。助けて……」
「恐怖に支配されたとき人は思考能力を失い、幼児と同じレベルになる……か。もう8時半。9時までには帰らないと、パパとお姉ちゃん心配するんだよね」
私はブレザーと下着をスルスルと脱ぐと、産まれたままの姿になった。
裸はあいにくエサとして下魚なんだよね。
でも、まあこういうのが好きな男性もいるらしいからいいけど。
「これならどう? 性欲は恐怖心を紛らわすって本で読んだんだけど。少しは冷静に考えられそう? 何ならキスもしてあげようか? セックスは痛そうだからヤダけど」
そう言いながら、私は驚きに胸がときめいた。
これはこれは……
社会的な死か根源的な死か。
結構な修羅場のはずなのに……おじさまの大事な所は結構……
私は湧き上がる満足感にニンマリとした。
「やっぱりそうじゃん。性欲は恐怖に打ち勝つんだ。すごいな男性って。女性はどうなんだろ? 確認したいけど、私女性なんだよね……あ、でも……そっか。同性愛……」
つぶやきながらメモをしていると、おじさまがベッドから降りて逃げようとしていたので、テーブル上のグラスを思いっきり背中に投げつけた。
すると、鈍い音を立てて背中に当たると、めり込んだままおじさまは倒れた。
「人って、なんで他人を痛めつけるとゾクゾクとして気持ちいいんだろ? 胸の中の栓がスポ! って抜けるみたいな。恐らく、進化の過程での種の生き残りに関係してるんだろうけど。これも明日以降に確認したいな……」
私は倒れているおじさまに近づくと、全裸のまま馬乗りになって言う。
「さあ、どっち? 選んで。声が出ないなら指さしてもいいよ。1番なら私の顔。2番なら私の胸。どっちか指さして。選ばなければ……バーナーで焼き殺す」
おじさまは子供のように泣きながら私の……胸を指さした。
「了解。じゃあ……儀式をさせて。『私を殺してください』って言って」
まあ、ハッキリ言ってこれは趣味だ。
勉強になんの必要性もない。
なんでか分からないけど、相手に言わせるとなんて言うか……相手の最後の砦を崩せたって言うか……最高の征服感を得られるので。
その人の中の何かをプツンと切る快感。
勉強のモチベーションを継続するには、ご褒美が必要って聞いた。
私にとって、完全なる支配と屈服はそれ。
私はおじさまを自分の胸に抱きしめた。
「死にゆくおじさまへのプレゼント。私、優しいでしょ? こういう優しさも勉強中なの。私の胸、小さいから申し訳ないけど。さ、言って『私を殺してください』って」
「わたし……を……ころ……」
「続き」
「ころ……し……」
その直後、私は思いっきり突き飛ばされた。
「死にたくない! 嫌だ!」
おじさまはそう叫ぶと、半裸のまま転がるように部屋を出て行った。
「あらあら……」
そう来たか……ふふっ、やっぱり人間って面白い。
最後はやっぱり死の恐怖が勝るんだ。
彼の目には何が見えてたんだろう。
どんな景色が……
「誰か……いないかな」
そうつぶやくと私はシャワーを浴び直し、下着とブレザーを着る。
その後、パパとお姉ちゃんに「勉強に集中しすぎちゃって……ゴメンね。今から帰るから」とラインを送る。
そして、さっきのカメラのデータをおじさまのパソコンとスマホに送った。
「じゃあ答えは1番って事で。バイバイ、おじさま」
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