第25話 フリーアの娘

「それは当然のことじゃないか? 人の心が読めたら便利だとは思うけど」

 と、ダリウスは自分の言った言葉ではっとひらめく。

「もしかして、イズンのこと覚えてるのか?」

「はい。うっすらですが、どんな人だったかは覚えています」

 ダリウスは納得したようにうなずいて、ちらりとノーアを見やった。上司は何も口出しする気配がなく、知らん振りだ。

「そっか。あんなに特殊な人間は珍しいからな。彼女に何があったのかは分からないけど、人の心を読めるのが普通だったら、それはそれで恐いものかもな」

「……口には出せないようなことを、考えているから?」

「うん、それはある。それに、人の気持ちってころころ変わるだろ? 好きだと思ってたものを嫌いになったり、憎しみを持ってしまったりさ」

 その言葉に、ユーティアは分かったような気がした。

「そうですね、何となく分かりました」

 おそらくあの時、シルフはとてもうしろめたい気持ちを持っていたのだ。

 それを深く詮索しようとは思わないが、きっと誰にも話せないようなことなのだということだけは分かる。だからあの時、彼は動揺したのだ。


「メイリアス、まさかお前じゃないよな」

 仕事を終えて自室へ戻ろうとしていた彼女を、ダリウスは待ち伏せしていた。

「ダリウス……それって密偵のこと? もちろんあたしじゃないわよ」

 と、メイリアスは壁へもたれかかったダリウスの横を通り過ぎようとする。

「信じてもいいんだな?」

 ダリウスの真面目な声にメイリアスは動きを止めてしまった。髪をまとめていた帽子を脱ぐと、色素の薄い赤毛が胸の辺りまで落ちた。

「……あたしのこと、疑ってるのね。まあ、それも無理のないことだわ。あたしはただのメイドだもの、田舎出身のね」

 自嘲気味に放たれた言葉を聞いて、ダリウスは彼女のうしろへ立つ。

「オレはお前がそんなやつじゃないって信じてる。オレたちを、ユーティアを裏切るようなやつじゃないって」

「……」

 メイリアスはうつむき、ぎゅっと唇を噛む。

「だったら……もし、あたしが密偵だったら、どうするの?」

 二人の間を静寂が通りぬけていく。

「ありえねぇよ。もしそうだったとしても、絶対に何か事情があるはずだ。初めからあっち側の人間だったなんてことは、絶対にない」

 強く言い切ったダリウスを振り返ることもせず、メイリアスは歩き出した。

 そのうしろ姿に一抹いちまつの不安を覚えつつ、ダリウスは小さく息をつく。そして自身へ言い聞かせるように、小さな声でつぶやいた。

「オレは信じてるからな」


   *  *  *


 親愛なるシルフィネス様へ


 突然のお手紙、申し訳ありません。誰かに伝えたいことがあったのですが、誰にするか迷って、結局あなたに決めました。

 わたしは神の宿り主と呼ばれていますが、別名に「フリーアの娘」というものがあるそうですね。この前、ミシュガーナが教えてくれました。

 わたしの中には神様が宿っていますが、それは女神フリーアに選ばれた証であり、そこから「フリーアの子、フリーアの娘」という呼び名がついたそうです。

 ですが、わたしにはむしろこの名前の方がしっくりくるような気がします。最高神アルファズルは自ら人間界に下りたのではなく、女神が彼をこの地へ下ろしたからです。そしてそれが今、わたしの中に宿っている……。

 この前、闇魔法に襲われた時、わたしは意識を失うまでに感じたことがありました。

 わたしの魔力は特別強いわけではありませんが、あの時、自分の中にある光の力が闇に染まっていくのを感じたのです。それは元からある魔力のことではなく、もっと奥深くにあるものでした。

 その自分の中心とも言える部分に闇が入り込んできた時、わたしはあまりの息苦しさに気を失ってしまいました。

 どう表現したらいいのか分かりませんが、確かにあの時、自分の中に最高神を感じたような気がします。

 闇魔法は自分でも見えないところに眠っている彼を、その力で無理やり起こそうとしているのではないでしょうか?

 わけの分からないことを長々と書いてしまい、申し訳ありませんでした。

 ただ誰かに話したかっただけなので、お返事はいりません。


                          ユーティア・サルヴァより


   *  *  *


「シルフさん、これ、後で読んでください」

 ある夜、ユーティアはそう言ってシルフへ白い封筒を差し出した。

「手紙……?」

 と、いぶかるシルフに、ギュスターがにらむような視線をよこす。

 恋人の様子に気づいたユーティアは慌てて言った。

「あ、たいしたことじゃないんです。ギュスターには話しても分かってもらえない気がしただけで、特に深い意味はないの」

 そしてそれを受け取ったシルフは言う。

「……そうか、分かった」

 すぐに封筒をポケットへしまい、二人から視線をそらした。

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