第44話 舌切り雀?
むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。二人には子が無く、寂しいおじいさんはスズメを1匹飼って可愛がっていました。
ある日、おばあさんが井戸端で洗濯をし始めました。大事な服です。パリッと仕上げるため、おばあさんは貴重な食料である米を使って洗濯ノリを作りました。ところが、おばあさんがせっせと服を洗っている隙に、この洗濯ノリをおじいさんのスズメが全部食ってしまいました。
「この舌が悪さをしたのか。恩を仇で返すとは、正に畜生よ。罰を受けその罪を購うが良い。」
おばあさんはスズメの舌を切って、どこへなりとも行けとばかりに放してしまいました。
それを知ったおじいさん、スズメを可哀そうに思い、翌日早速スズメを探して山をうろうろしました。
「スズメはどこだ、お宿はどこだ。」
おじいさんがスズメを呼び歩いていると、どこからか可愛らしい声が聞こえてきました。
「舌切りスズメ、お宿はここよ。」
声の聴こえた方向におじいさんが行くと、赤い屋根の可愛らしいおうちがありました。おじいさんが近付くと、舌を切られたスズメが出迎えて中に招き入れてくれました。
「おじいさん、よくいらっしゃいました。その節はノリを食べてしまってごめんなさい。」
とスズメが言いました。
「謝るならばあさんに謝ってくれ。とにかく、お前が無事でよかった。」
おじいさんはさらりと受け流して、単純にスズメとの再会を喜びました。
スズメは家族や仲間を呼んで歌や踊りを披露し、たくさんのご馳走を振る舞い、おじいさんをあの手この手でもてなしました。おじさんは大喜び。楽しいひと時を過ごし、あっという間に日が暮れてきました。そろそろ帰らなければなりません。
「もう遅いですし、今晩はここに泊まっていらっしゃいましな。」
スズメはおじいさんにそっと寄り添って、甘い声で囁きました。他のスズメたちもこぞっておじいさんを引き留めます。おじいさんはついつい誘惑に負けてお誘いに乗ってしまいそうになりましたが、瞼の裏におばあさんの怖い顔が浮かんできました。
「折角だが、ばあさんが待っているから帰るよ。」
「…そうですか。」
スズメは一瞬暗い顔をしましたが、すぐにまた明るく笑って、おうちの奥の方からつづらを二つ持ってきました。泊まれない代わりに、お土産だそうです。
「大小ありますが、お好きな方をお持ちください。」
「んなら、小さいほうを頂こうか。」
「えっ」
「ん、何かいかんじゃったかな。」
「ああ、いえ、おばあさんがいらっしゃるし、大きなお土産の方が二人で楽しめるんじゃないかと思ったんですけど…。」
「もう外が暗い。急いで帰らにゃならんでな、身軽にしておきたいんじゃ。」
「…そうですか。」
スズメはまた一瞬暗い顔になりましたが、黙っておじいさんに小さいつづらを渡し、おじいさんをお見送りしました。
おじいさんは家に帰りつくと、おばあさんにこのことを話して聞かせました。そうして、つづらを開けてみると、中には大判小判に珊瑚などお宝がいっぱいです。
「やあ、小さい割に重いと思ったら。こりゃ、ありがたいのう。」
おじいさんはにこにこと笑ってお宝を眺めています。
しかし、おばあさんは違いました。お宝を一つずつ手に取っては、何も言わずにじっと鋭い目つきで観察しています。やがて全部の宝物を検分し終えると、おばあさんはそれをつづらに戻しました。
「じいさまや、大きなつづらもあったと言ったね?」
「うん。持ち帰るのが大変だから、やめたよ。」
「そうかい。では、あたしがもらってこようかね。」
「え、もう暗いのに、今から行くのか?」
信じられない、とおじいさんの顔には大書してありますが、おばあさんは身支度を整えると家を飛び出していきました。困ったもんだ、とおじいさんはため息をつき、お宝でも数えて無聊を慰めようとしましたが、あら不思議、小さいつづらがありません。どこへ行ったやら。
さて一方おばあさん、確固たる足取りで颯爽と山を駆けていきます。おじいさんに教わった場所までたどり着くと、スズメを呼び出しにかかりました。
「スズメはどこだ、お宿はどこだ。」
すると、おじいさんの言っていたとおり、遠くから返事が聞こえてきました。もちろん、その声をたどると赤い屋根の可愛いおうちがあり、舌切り雀が出迎えてくれました。おばあさんは取るものもとりあえず家の中に入り込みました。
「おばあさん、よくぞいらっしゃいました。その節はご厄介をおかけいたしました。」
と舌切り雀が丁寧に挨拶をすると、おばあさんはフンと鼻を鳴らしました。
「良く回る舌だな。口上は要らぬ。大きなつづらをお出し。」
スズメはにこりと笑うと、言われたとおりに奥から大きなつづらを持ってきました。
「重いですが、気を付けてお持ち帰りくださいね。外も暗いですし。」
「ああ、だが、その前にやることがある。」
おばあさんは背負っていた荷物を下ろすと、いきなりスズメに向けてぶちまけました。おじいさんが持って帰ってきた小さなつづらです。行燈の光を浴びてキラキラと輝きながら大判小判が散らばります。
「こんな贋金を掴ませ、何を企んでいるんだ?」
「に、贋金だなんて、そんな…」
「その珊瑚もどきも、素焼きのかわらけに色粉をまぶしただけだ。分からぬと思ったか。そして、それも…」
おばあさんは大きなつづらの前までのしのしと歩くと、勢いよくつづらを蹴り飛ばしました。蓋が外れた途端、何ということでしょうか、中からおそろしい姿の妖怪たちが立ち現れてきました。
「フン、こんなことだろうと思った。」
おばあさんは眉毛の一本も動かすことなく、平然と構えています。
「スズメよ、お前も本性を現すが良い。怪異であることは分かっているぞ。」
「くっ…どこで気付いた。」
「舌を切られた者がそんなにもペラペラとまくしたてられる道理が無かろう。じいさまを篭絡しようと、喋り過ぎたな。」
おばあさんは腰に下げた刀の柄に手を添えました。視線はスズメに据えたまま、動きません。
「バレちまっては、仕方がない。」
スズメの姿がむくむくと膨れ上がり、かわいいおうちの屋根を突き破り、おばあさんよりはるかに大きい化け物となりました。おばあさんなんてあっという間に丸飲みにできそうです。
「ここで食ってしまえば誰にも知れぬ。一息に葬ってやろう。」
「ほう、お前さんにできるかな?」
おばあさんは片足を一歩踏み出し、抜刀ざまに居合を放ちました。目の前にいた妖怪が2、3体まとめて霧となって消えます。
「私は、強いぞ。」
おばあさんは片唇を微かに上げて刀を構え直しました。
翌朝、おじいさんが目を覚ますと、お勝手からごはんの炊ける匂いとお味噌汁の香りが漂ってきました。おばあさんが作るいつもの朝ご飯です。おじいさんは大きなあくびを一つして、台所に向かいました。
「あー、ばあさん。お宝のつづらがどこ行ったか、知らんかね?」
「何寝ぼけてるんだい。そんなもの、うちにあるわけないだろう。」
「あー、それもそうか。ありゃ、夢だったんじゃな。」
じゃ、顔洗って来る、とおじいさんはくるりと外に向かいかけて、ふと足を止めました。
「ばあさん、その手の傷はどうしたんじゃ?」
「ネギを切るときに失敗しただけだよ。つばでもつけときゃ治るさ。」
「そうか。まあ、怪我には気を付けておくれよ。あとで化膿止めの薬草を採ってきてやるでな。」
「はい、はい。ありがとさんよ。」
おばあさんは何だか嬉しそうな顔でおかまのご飯を返しましたとさ。めでたし、めでたし。
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