第27話 王様の耳はロバの耳?

 むかしむかし、あるところに、竪琴の神様と笛の神様がいました。この神様たちはいつも音色の美しさを競い合っておりました。あるとき、他の神様たちに音色を聞き比べてもらったところ、竪琴に軍配が上がりました。悔しがった笛の神様は、人間のとある国の王様にも意見を求めてみました。


 竪琴と答えても、笛と答えても、ロクな結果になりそうもありません。かといって、どちらも素敵ですね、などとお茶を濁してもきっとご不興を買います。私なんぞにはワカリマセン、という答えでもダメでしょう。王様、絶体絶命です。なぜ自分をこの審判の場に呼んだ、と天を恨みたくなりますが、その天がまさに今、目の前にいて、正解のない質問を投げかけてきているのです。


 王様はどうしたら良いか分からなくなり、正直に答えることにしました。


「私の耳には笛の方がよく響いて聞こえました。」


 これを聞いて、竪琴の神様は怒り心頭。ぶちぎれて、その場の勢いで王様の耳をロバの耳に変えてしまいました。


 王様はロバの耳が恥ずかしくて、頭巾をかぶって暮らすようになりました。耳のことを知っているのは、一部の側近だけです。しかし、髪の毛が伸びてくると、切らなくてはなりません。側近に散髪はできないので、理髪師に耳を見せることになります。


「良いか、今日見たものについては、決して口外してはならぬぞ。もし外に漏らすようなことがあれば、お前の命は無いと思え。」


 予め理髪師によくよく言い聞かせて、側近は理髪師を部屋に入れました。理髪師としては、いつもどおり王様の御髪を整えるだけのはずなのに、警護は厳重だし、変な脅しはかけられるし、気が気ではありません。ビクビクしながら王様の頭巾を外して、理髪師はあっと声を上げてしまいました。


「王様、そのお耳はどうなさったのですか。」

「うむ…実はな…」


 髪を整えてもらいつつ、王様は理髪師に事情を説明しました。子どもの頃からのなじみの理髪師なので、散髪中の世間話が習慣なのです。


「…という次第でな。まあ、しょうがないので、隠しておるわけだ。あ、耳毛も適当に切ってもらえるかな。ぼさぼさだろう。」

「かしこまりました。」


 理髪師はちょきちょきと、耳の内側のフサフサな毛をきれいに整えます。なかなかに立派な耳です。外側は滑らかで、ピンと張った姿にも堂々とした貫禄があります。


「王様。正々堂々、民にお耳を見せつつ、神の非道な行いを知らしめればよろしいのではありませんか。」

「む?」

「王様は天に恥じるような行いはなさっていないではありませんか。神に臆せず、嘘をつくことなく、正直にお答えあそばしたのですから。だからこそ、こんなに美しくご立派な耳なのでしょう。私は王様を誇りに思います。」


 そう言ってもらって、王様はじんと胸が温かくなりました。耳がロバに変わって以来、初めて明るく前向きな気持ちになりました。


「そうか。では、もう耳を隠すのはやめよう。」

「そうなさいませ。」

「さりとて、竪琴の神を貶めるのも適切とは思えぬ。私は言い訳せず、ありのままの私でいくよ。」


 その翌日から、王様は頭巾をかぶるのをやめました。王様の耳はロバの耳、と指さして大声で騒ぐ子どもや、陰口を囁き合う大人もいましたが、王様は敢えて平気な顔でにこにこと笑って応えました。


 それと機を同じくして、とある理髪店から、奇抜なかぶり物が発売されました。ウサギやネコ、イヌ、ロバなど、さまざまな動物の耳を模したものが付いたカチューシャです。ふわふわとした柔らかい手触りながら、本物に見まごうばかりの精巧な作りで、洒落っ気のある人々が面白半分に飛びつきます。これはすぐに国内に大ブームを巻き起こし、老若男女問わず、頭から耳をにょきッと突き出すのが当たり前になりました。


 そうなるともう、王様は大人気です。何しろ王様の耳は本物なので、ぴくぴくさせたり、向きを変えたり、曲げてみたり、自由自在。質感だって、カチューシャよりも一枚も二枚も上手です。


「きゃー、王様!お耳こっちに向けて!」

「触らせて、触らせて!」


 と、王様は引っ張りだこ。それでも王様は、以前と変わらず、図に乗ることもなく、穏やかににこにこと笑って応えるばかりです。


 やがて付け耳のブームは沈静化しましたが、王国の文化の一端として静かに根付いていきました。動物の耳を付けた人物は絵画や文学に登場し、お祭りや儀礼の際にもそれぞれに適した耳が用いられるようになりました。カチューシャは輸出品目としても定番化し、遠い海の向こうの島国ではネコ耳や半獣半人のキャラクターが生まれ、愛されるようにもなりました。


 なお、王様は生涯立派なロバの耳と共に過ごし、お亡くなりになった後も耳文化の始祖として末永く敬愛されたということです。めでたし、めでたし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る