第14話 赤ずきん?その3

 むかしむかし、あるところに、可愛らしい女の子がいました。お母さんに作ってもらった真っ赤な頭巾をかぶっていたので、赤ずきんと呼ばれていました。


「2度も失敗した。前回は最悪だったし。」


 今回も赤ずきんは転生していたのです。それもこれも、大好きなおばあさんの悲惨な最期を避けるため。


 今回の舞台は、前回と同じようです。森の中のおうちから、森の中を抜けて、森の中のおばあさんの家へ。途中の障壁はオオカミです。


 どうすればいい。赤ずきんは頭巾の端を噛みながら考えました。


「お母さん、おばあさんのところへおつかいに行こうか?」


 とりあえず、オオカミにおばあさんが食われてしまう前に、早く出発するしかない。赤ずきんは、自らお母さんにお遣いを申し出ました。しかし、お母さんはキョトンとしています。


「今日は朝に寄ったから、もう要らないよ。また明日だね。」

「そ、そうか…。おばあさん、元気だった?」

「何言ってるの、一緒に行ったじゃない。病気もずいぶんよくなってきていたでしょ。」

「あ、うん、えへへへー」


 赤ずきんは笑ってごまかして、外に遊びに出ました。


 なるほど、運命の日は明日なのでしょう。しばらく猶予がありそうです。


 それなら今日は遊んでいいよね。道草、道草。と虫を追いかけ始めた赤ずきん、一瞬で我に返りました。道草したり遠回りをしたりの挙句の失敗2回です。そんな暇はありません。


 赤ずきんはうろうろと木の周りを10周くらい歩いて、目が回った頃に漸く家を離れました。もふもふした野良犬には目もくれずに原っぱを通り過ぎ、兼業猟師の農家のおじさんのところへ行きます。


「こんにちは!」


 畑にいたおじさんに赤ずきんは声を掛けました。


「おお、こんにちは、赤ずきんちゃん。丁度いいところに来たね。」


 おじさんは肩手を上げて挨拶すると、一旦家の中に引っ込みました。そして、葉っぱに包まれた大きな塊を持って出てきました。


「今度赤ずきんちゃんが来たらこれを渡そうと思っていてね。畑の罠で獲った猪の肉だよ。おばあさんと一緒にお食べ。精が付いて、病気も良くなるだろう。」

「わあ、ありがとう!」


 しめしめ、予想的中です。


 赤ずきんは血もしたたるような肉の塊を抱えて森の中を行きます。家のそばも通り過ぎ、おばあさんの家に向かってとことこ、とことこ、やがて地面に新しいオオカミの足跡を見つけました。


「オオカミさん、オオカミさん、いるなら出てきてちょうだいな。」


 奥に声を掛けると、オオカミが茂みの中から姿を現しました。


「あなた、今日はおなか空いてる?」

「藪から棒に何だよ。腹が減ってたら、とっくにお前を襲ってる。今日はウサギと鴨を食ったから、お前に用は無いよ。」

「じゃあ、これもあげる。おなか空いたら食べて。それで、明日もずっと満腹でいてちょうだい。」


 赤ずきんはオオカミの前に肉の包みをどすんと置きました。


「猪のお肉よ。本当は私がおばあさんと食べるつもりだったんだけど、その後であなたにおばあさんや私を食べられちゃうんじゃ意味ないもん。」

「え、こんな旨そうなもの、良いのか。もらっちまうからな。」


 オオカミは猪の肉を拾うと、早々に森の奥へ退散していきました。


 赤ずきんのこの作戦は大当たりしました。翌日、赤ずきんはお母さんに頼まれておばあさんの家にお遣いへ行きましたが、おばあさんは元気はつらつ、赤ずきんも道中オオカミに会うことなく無事帰宅できました。こうして、赤ずきんの転生を経た悲願は達成されたのです、めでたし、めでたし。


 と思ったら、とんでもない。猪の肉による満腹感は1日しかもちません。お遣いの翌日、赤ずきんは早速オオカミの不吉な気配を感じました。


「なあ、今日は肉は無いのか?」


 茂みの奥から声がして、赤ずきんはびっくりして跳び上がりました。


「もう無いよ。自分でウサギとか鹿とか獲ってちょうだい。」

「…そうだな。ウサギとか鹿とか、人間とかな。」


 赤ずきんの背筋を冷たい汗が流れました。今日もこれから、お母さんと一緒におばあさんの様子を見に行く予定です。


「ちょ、ちょっと待ってて。すぐに持ってくるから。」


 赤ずきんはそう言うと、おうちから干し肉とチーズをこっそり持ってきました。


「今日はこれで我慢して。」

「うーん、少ないけど、まあ、我慢してやるよ。」


 オオカミはそう言って、干し肉とチーズをかっさらっていきました。


 それを見ながら赤ずきんは臍を噛みます。これから毎日、こうやって脅されるというのでしょうか。たった一日の惨劇を回避する予定だったのに、これがこの先ずっと続くだなんて、耐えられない。野生生物に餌付けをしてはいけません、という理由が、今、赤ずきんにも分かりました。


 分かったところでどうしようもありません。のこのこやってきたオオカミを銃でズドンとやれれば良いのでしょうが、女の子の赤ずきんにはそれもできません。しょうがないので、赤ずきんは兼業猟師の農家のおじさんに罠を教わって小動物を獲り、川に糸を垂らして魚を釣り、畑のバッタを捕まえて袋に貯め、せっせと毎日オオカミに餌を与え続けました。


「わーい、赤ずきんちゃんだ。」


 今日もまた、オオカミがやってきました。というか、もうオオカミは森に帰らなくなって、赤ずきんの家に居ついています。オオカミはすっかりふくよかになって、毛艶も良くなり、ふっかふかのもっふもふです。赤ずきんが視界の端に入った途端に、猛烈な勢いでしっぽを振って駆け寄って来ます。それどころか、すりすりと足元にまとわりつき、地面に座った赤ずきんの膝に乗ってべろべろと顔を舐める有様です。


「わーい、わーい。ねーねー、遊ぼうよ。」


 オオカミは赤ずきんのお父さんが作ってくれた木のボールを咥えてきました。赤ずきんがそれを投げると、喜んで追いかけて、拾って帰ってきます。何度やっても飽きない様子です。しまいに赤ずきんの方が疲れてしまいます。


「ねえラッシー、ご飯にしようか。」

「え、ごはん?わーい、わーい。」


 赤ずきんはオオカミ用のお皿にドッグフードを流し入れました。獲った鳥獣や魚を市場で売って、ドッグフードを買う方が効率的なのです。オオカミも喜んで食べます。


「おやおや、ラッシーは赤ずきんととっても仲良しだねえ。」


 赤ずきんにじゃれるオオカミを見て、おばあさんが目を細めました。もうオオカミはおばあさんを食べようとなんてしません。おばあさんにもしっぽを振って、頭をなでなでしてもらっています。


 こうして、オオカミは見た目も性格もすっかり丸くなり、赤ずきんの大切な家族として一生を過ごしましたとさ。めでたし、めでたし。

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