第11話 マッチ売りの少女?

 むかしむかし、あるところに、貧しいマッチ売りの少女がいました。あるひどく寒い大晦日の日も、少女はたくさんのマッチをエプロンに入れ、道行く人に売ろうとしていました。しかし、ちっとも売れません。帰りたいけれど、売り上げゼロで帰ったらお父さんに怒られてしまうでしょう。


 かなしくて、さむくて、ひもじくて、少女は慰めに商品のマッチを一本擦って温まろうと思いました。少女がマッチを擦ると、なんと、炎の中に暖かい暖炉やご馳走、それに、亡くなったはずのおばあさんが見えるではありませんか。ああ、懐かしい大好きなおばあさん!


「やっべ。幻覚始まったわ。」


 少女は慌ててマッチをぬかるんだ泥に押し付け、しっかりと消しました。


「命あっての物種や。いったん撤退やな。おやじかて文句言わんやろ。」


 少女はそそくさと家に帰りました。


 少女がいつもより早く、しかも一文も稼がずに帰ってきたので、案の定お父さんは怒りだしました。


「てめえ、何サボってんのや。今日のパンも買えひんで。」

「ちょっと聞いてや。うち、死ぬとこやったんやで。」


 少女が顛末を説明すると、お父さんは怒りを鎮めてうんうんと頷きました。そして、腕を組んで、やたらと真面目な顔をします。


「お前が死ぬよか、腹が減る方がまだマシやな。よし、んなら、今日は水飲んで寝るか。」


 お父さんは痩せた大きい手で少女の頭をぐりぐりと撫でました。ふたりは水を飲んで腹を膨らませ、一緒にベッドに入って寝てしまいました。何しろ貧しくて暖炉に火も入れられないので、くっついて暖を取るしかないのです。


 その晩、遠くの大通りの方で何かが騒がしく感じられましたが、布団から出ると寒いので、二人は無視しました。


 翌朝、少女はまたマッチをエプロンに入れて外に出ました。いつもの大通りに向かうと、ひどく焦げたようなにおいがします。においの方に行ってみると、真っ黒に焼け焦げたおうちが見えました。そのそばで、町の人がひそひそとうわさ話をしています。


「貧しいマッチ売りの子どもが火を点けたらしいぞ。」

「マジか。こっわ。」

「何でも、次から次へと大量にマッチを擦って、その火を見ながらニタニタ笑っていたそうだぜ。」

「寒さでトチ狂っちまったんかねえ。」

「気の毒っちゃ気の毒だが、年の変わり目に巻き添え食った住人の方が気の毒だわな。」


 うへえ、と少女は身震いしました。危うく自分がそうなってしまうところでした。勇退して正解。


 ここはゲンが悪いと見た少女、その場を離れシマを変えて本日の商売に励みました。新年で懐も心も緩んだ人々には、良い感じでマッチが売れていきます。少女は売り上げでパンとチーズを買い、家に帰りました。


「おやじ、今日は大収穫やで。」


 少女がでんと食料をテーブルに乗せると、お父さんもにやにやと笑って言いました。


「俺もや。」

「何かあるんか。」

「仕事が見つかったんじゃ。」

「やたー!」


 二人は手と手を取り合って大喜びしました。


 それから、お父さんは新しい仕事に精を出し、少女もマッチを売り、つましいながらも二人で幸せな生活を送りました。それもこれも、呪いのマッチが作り出す幻に騙されなかった少女の正しい判断のおかげですね。めでたし、めでたし。

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