むかしむかし 思ってたんと違う

菊姫 新政

第1話 はだかの王様?

 むかしむかしあるところに、おバカな王様がいました。皆さまよく知る物語なので詳細は割愛します。要点をまとめると、王様がとっておきの服を新調しようとしたところ、詐欺師にお金をたっぷり巻き上げられた挙句、物理的に実在しないエア・王服を「バカには見えぬ服」だと説明されたのです。


「いや、余にもこの服が見える。素晴らしい出来栄えだ。」


 本当は何も見えやしないのに、バカだと思われたくない一心で王様はそう言いました。こうなればしめたもの、詐欺師たちはうやうやしい手つきでそれを王様に着せるふりをしました。王様はパンツ一丁で鏡に自分を映し、大喜びしてみせます。


「我ながらよく似合っている。よし、ではこの晴れ着でお披露目パレードに出掛けよう。」


 王様は部下を従え、部屋から廊下へ出ました。その途端、くしゃみを何度もぶちかましました。年の瀬も近いこの日は長い冬の真っただ中、空には重苦しい雲が立ち込め、強い北風が吹き、体感温度は間違いなく氷点下です。王様は窓の外を見て、足を止めました。


「えーと」


 王様は考えながら言葉を発しました。


「この新しい服は、とても素晴らしい。けれども、今日のような荒天には防寒性がちと足らんな。上に一枚、飛び切り暖かいものを着て行こうかな。」


 王様はパンツ一丁の上に、ふわふわの白いファーに縁どられた、足元まである分厚い真っ赤なマントを羽織りました。それでもまだ寒いので、頭にもお揃いの真っ赤なとんがり帽をかぶりました。まだ寒いのですが、エア・王服があるものとして振る舞う王様にはこれが限界です。王様は必死にマントの前を掻き合わせて、肌が寒風に触れぬよう身を縮めて町に出ました。


 新しい服のお披露目パレードと聞いて、町の人々が押し寄せています。でも、王様は寒そうにマントにくるまっていて、肝心の服は見えません。まさか、あのマントと帽子が多量の血税を注ぎ込んで仕上げた新しい服なのでしょうか。ざわ、ざわ、と民衆の不満がさざ波となって王様の耳に届きますが、あまりに寒くてマントを脱げません。


「王様ー、新しい服見せてよー」


 子どもがしびれをきらして、王様のマントを引っ張りました。その瞬間、僅かな隙間から冷たい空気が王様の肌を刺し、王様はびくっと身を縮めました。しかし、子どもはマントから手を離しません。何とかしなければ王様は凍えてしまいます。


 王様はマントの内ポケットを探って、入れっぱなしになっていたキャラメルを取り出しました。ほんの少しだけマントを開けて、隙間から手を出してキャラメルを子どもに与えます。


「よしよし、良い子にはプレゼントをあげよう。だから向こうに行って…」

「わーい!王様が、お菓子をくれたよ!」


 子どもが大声を上げました。すると、それをきっかけにして、もっとたくさんの子どもたちが王様に群がり始めました。これは大ピンチだ、と王様の本能に響くものがあります。王様は、子どもたちにマントをはぎ取られぬうちに、部下に指令を発しました。


 王様の命令を受けた部下たちは、すぐにトナカイに橇を引かせて白い大きな袋を運んできました。そして、中に入っているお菓子を子どもたちに配り始めました。


「この1年、良い子にしていた子にだけ、プレゼントだからね。」


 王様はそう言って、大人までもが手を出すのをけん制します。全国民に配るほどのお菓子はありません。でも、新しい服は出てこないしお菓子は貰えないし、という不満顔をしていた大人たちも、子どもたちが喜んでいるのを見ているうちにすっかり和みました。どうやらパレードは大成功のようです。


 町中の子どもたちにお菓子が行き渡ったところで、王様はお城に帰ることにしました。マントと帽子だけでは身体の芯まですっかり冷え切って、唇真っ青、震えが止まりません。ですが、心の中は子どもたちの笑顔でホッカホカになりました。


 それからというもの、王様は毎年、年の瀬の頃に一回、白いファーの付いた真っ赤な衣装を着て、トナカイの引く橇に乗り、子どもたちにプレゼントを配るようになりました。


 ちなみに、エア・王服は寒すぎるので王様が遠ざけているうちに、クローゼットの中で行方不明となり、うやむやの内に消えてしまいましたとさ。めでたし、めでたし。

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