第86話

「わたしは白薔薇を愛しているし、愛されています。静雄さんも、沙良さんも、この場所も、愛しています」


 体は人のようで、頭ばかりが肥大した白い塊となった黄薔薇は、そのあとも何かを言っていた。わたしは聞いていなかった。話し終えたら次の本を選ばなければ。そう思っていた。


     *


 暑さが収まってきた。わたしは静雄と喧嘩をした。静雄と喧嘩をするのは人生で初めてだ。静雄は酒を飲んでいたらしく、あの妙な匂いをぷんぷんとさせ、臭かった。


「沙良が言ったんだろう?」


 静雄は少し大きな声で言った。薔薇の剪定をしながら。鋏を閉じるたびに、薔薇の葉や、茎や、枯れた花の残骸が地面に落ちていく。わたしはそれを黄薔薇の体の一部のように思いながら、叫んだ。


「本当に望んでなんかいなかったのよ。静雄さんが無理にやるって決めたんだわ」

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