第24話

 本当の名は別にあるが、永遠に近い時を生きた当の本人は忘れてしまっている。ここでは便宜上、ハナと知り合った頃の戸籍名の山階糺と名乗っていく。


 彼は北海道……当時は蝦夷えぞと呼ばれた土地に生まれた。

 海沿いの集落で育ち、漁を生業としていた。糺は同じ集落の娘と夫婦になり、子供を三人もうけた。


 器量良しで心優しい妻と可愛い子供達に囲まれて、糺は幸せだった。


 しかし、その幸せはゆっくりと歪み壊れていくこととなる。





 初めて人魚の肉を食べたきっかけは、漁に出た時に悪天候で船が難破した時だった。


 その時介抱してくれた老人が、この世の物とは思えぬ美味な肉を振る舞ってくれたのだ。

 肉は一度口に入れると、まるで薬物のように腹が満たされるまで止められなかった。


 老人は快復した糺に残りの肉を持たせてくれた。


「コレは永遠に腐ることは無い。お前が孤独に耐えられなくなったら、愛する女に食わせてやればいい」


 そんな意味深長な言葉を残して。




 糺が己の異変を自覚したのは、子供が成人した頃だった。


 妻が年相応に老いていくのに、糺は一切変わらず人魚の肉を食らった当時のままだ。妻や子供達は老化しない糺を恐れ発狂しながら死んだ。


 異形の者と恐れられた糺は、集落に居られなくなり、蝦夷の地を脱した。

 

 糺は本州、四国、九州を転々と回り、その日暮らしを続けていた。


 謎の肉が人魚の肉だと気付いたのは、八百比丘尼の伝説がきっかけだった。

 謎の肉を食べた、全く老化が見られない。彼女の特徴があまりにも糺と似通っていたからだ。


 いつしか死を願うようになり、海に身を投げ、毒をあおり……様々な方法で自害を試みた。

 しかし、仮死状態になるだけで肉体は尋常ではない速さで回復してしまう。

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