あの人に堕落させられたい

神田(kanda)

私と先輩

ガチャリと、重いドアを開けると、タッタッタッと駆けてくる足音が聞こえる。

「小雪ちゃん!お帰りなさい~!」

「先輩、ただいま。」



私の名前は古町こまち小雪こゆき。ちょっとだけ一般人ではないけれど、きっと普通の感性を持っている人間。そして今、私の膝の上で、すやすやと寝息をたてている、このかわいい、かわいいこの人は、佐藤さとう優夏ゆうか先輩。私の恋人。大学の頃の先輩で、今は同棲している。

「ん.........あれ!?わ、ごめんね小雪ちゃん、いつの間に寝てた!」

晩御飯を食べ終えて、私も先輩もお風呂に入り終えたので、二人でゆっくりしていたのだ。

「ふふ、いいんですよ、先輩。先輩のかわいい寝顔を堪能できて大満足です。」

「は、恥ずかしい......。」

そう言って頬を赤らめる先輩。

......少し前までの先輩は、こうではなかった。あらゆるものを全部背負って、背負い込んで、色んな人に傷つけられて、それでも、たとえそれでも、誰も恨まず、何も憎まず、ありもしないはずの責任を一人で負って、自分をひたすら傷つけていた。

私を、平凡で、辛くて、悲しい毎日から、救ってくれたこの人は、この世界で生きていくには、あまりにも、優しすぎるのだ。だからこそ、私が守ってあげなければいけない。

「先輩、ぎゅーしましょ、ぎゅー。」

「うん......する、したい。」

先輩のこの温かい体も、綺麗に整った髪も、しなやかな腕も、かわいい、かわいいこの顔も、そして、先輩の心も、全部、全部、私のもの。私と先輩だけのもの。絶対に、傷つけさせない。もう、二度と。

そんなことを、考えている時だった。じーっと、先輩が横から私の顔を見ていた。

「え、えと、先輩?どうし......わ!?」

バタンと、先輩に押し倒される。両手を押さえつけられて、先輩の長い髪が頬にあたる。先輩の髪が外の世界を見せないように、まるでカーテンのようになって、先輩の綺麗な顔だけがよく見える。

「小雪ちゃん、また、私のために無理しようとしてる顔してたよ?」

「いや、えと、その......。」

「ふふ、本当にありがとね。とっても嬉しい。私は、この世界で生きていくのはもう無理だなって諦めてたけど、小雪ちゃんのおかけで、何とか生きていけてるの。本当に全部、小雪ちゃんのおかげ。だからこそね、こんなによくしてもらっている分際で言うのもあれなのだけど、私のために無理しなくていいんだよ?」

先輩は、普通の人じゃない。だから、きっと、この生活に対して、世間の目とか、両親だとか、そういうものに対しては、何も思ってない。それに、きっと、死ぬまでこの生活を続けられるのなら、先輩はずっとここに居てくれるのだと思う。

だけど、先輩は私のことを思って言ってくれてるのだ。私が、自分のかつての発言、先輩をずっと養う、という発言を達成出来なくても、その責任を問うようなことはしないと、そう、言ってくれてるのである。

ああ、本当に、素敵な人。大好き。

「先輩、ありがとう。だけどね、先輩、私ね、最近は無理しないように、ほどよく頑張れるようになってきたの。だからね、大丈夫。私のこと、そんなに心配しないで、大丈夫。それにね、先輩は、私の、恋人だから。大好きな恋人のためなら、このくらい、全然平気だから。」

「ふふ、嬉しい。小雪ちゃん、大好き。」

そうして、先輩の綺麗な顔が近づいてくる。先輩と体を密着させて、甘い、甘い、幸せなキスをする。温かい。先輩の手を握って、お互いをひたすら求め合う。先輩の可愛い声が、口の中から伝わってくる。かわいい、かわいい、好き。お互いの舌を絡めて、お互いの体の体温を交換しあって、二人で一緒に溶け合っていく。私は先輩を求めて、先輩も私を求める。そうして、お互いに酔いながら、どんどん酔いを悪化させていく。私を、もう、貴女なしでは生きられないようにするために。貴女を、私なしでは生きられないようにするために。


そうして、キスを終える。先輩の口から、私と先輩の混ざりあった唾液が垂れる。先輩はそれを美味しそうにペロリと舐めた。

「ふふ、小雪ちゃん、顔真っ赤。」

「いや、その、だって、先輩のこと大好きですもん。それに!先輩だって、余裕そうにしておきながら、耳真っ赤ですからね!」

「むぐぐぐ......ばれてしまったか......。ま、いいや、さてと、明日は小雪ちゃんお仕事お休みだもんね、それじゃあ、今日は映画見たり、一緒にゆっくりしよ。」

「ふふ、はい、そうですね。」

これが、いつもの日常。

これからも続く、大好きな日常。

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