第七話「旦那様は一途です」
第17話
「桐鵺さん!お疲れ様です!」
楽屋で1人でいるところに入室してきた女性に桐鵺は目を向ける。
―――…撮影を一緒に行っているヒロインの
池谷恋。20歳。半年ほど前からブレイクした女優で清純派のイメージで売り込んでおり、可愛いというよりも綺麗な彼女は男女ともに人気があった。現場でも気遣いが出来ると評判で業界でも重宝される存在だ。……男には。
一部の女性スタッフからの評判は良くない。愛想がいいのは男性出演者、男性スタッフ……男性とつく人にのみ。つまりそれは同性である女性には正直やっかまれる存在だった。まあ、業界にはそういう女性は少なくはない。桐鵺としてもどんな女性であろうと仕事さえきっちりこなしてくれれば問題ないため、それに首を突っ込む気もさらさらなかった。
「お疲れ様、池谷さん」
自分自身に害がないなら、当たり障りのない程度に相手をしてやればいいかの精神の彼は人当たりの良い笑顔を作る。
だがしかし、それに対して嬉しそうに笑う彼女に桐鵺は内心うざがっていた。
「(折角、休憩時間が長くとれそうだったから、Strawberryの3rd公演、寧々ちゃんソロ曲の『LOVEサイン』をエンドレス再生して楽しもうと思ってたのに、クソ邪魔なんだが?大体、お前と喋る時間があるくらいなら、俺のスマフォに入っている寧々ちゃんの秘蔵コレクションである動画、写真、音声を楽しんだ方が一億倍、俺得なんだけど。うざ、さっさとどっか行かねえかな)」
……絶対に彼の心情は誰にも知られてはいけない。
特に彼にも爽やかなイメージがあるのだ。彼の本質を絶対に、絶対に知られてはいけない。
しかしこういう時に限ってマネージャーは不在。イライラが募っていく桐鵺は外面だけはいいため、彼女は彼の裏に気づくことはなく、喋り続けている。
こうして、他愛もない話を数分続けていると彼女は『そういえばぁ』と両手を自分の前でもじもじと合わせ始めた。
「桐鵺さんって結婚して、一年くらい経ったんでしたよね?」
ピクリと桐鵺の微動だにしていなかった眉が不快そうに動いた。
「……まあ、そうだね」
「確か奥さんって、Strawberryの寧々さんでしたよね?」
「そうだけど?」
―――…コイツ、俺の寧々ちゃんの名前呼びやがって。死刑だな。
寧々の同性にすら名前を呼ばせたくない彼の心情はとりあえずさておき。雲行きが怪しい。
大体2人きりの状態でそういう話題を持ってくる時点で怪しいということは彼自身もよくわかっていた。この時間を狙っていたことも。
ゆっくりと視線を彼女に向ける。その瞳には、色など到底浮かんではいなかった。
「ふふふ、たまには息抜きしたいってことないですかぁ?よかったら、私がお相手しますよ?」
「…………」
擦り寄って腕を絡め取ってくる彼女は上目遣いで桐鵺を見上げた。わざとらしく押し付けてくる胸。真っ赤な唇を寄せてくる彼女の頬はチークで染まっていた。
「奥さんより私、いっぱい愉しませられると思うんです」
ドラマで高校生の役をやっているとは思えないほど妖艶に笑う彼女に、千草桐鵺は嗤う。
―――…そう、そっちがその気なら。
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