第48話
子どもたちが、初心者講習が終了したという手続きを終えると、グレッグは「さあ、お楽しみの清算にしよう」と彼らを買取り所に連れて行った。
「今日の獲物の報酬はすべて五等分するからな。文句は受け付けないぞ」
「……あれ? 六等分じゃないんですか?」
アルバートが言うと、子どもたちは「教官、自分を入れるのを忘れてるぜ」「六人だよね」と口々に言った。
「いや、俺は見ていただけだから数には入れない。初心者の上前をはねられるかよ、かっこ悪い」
「えっ、それは駄目だよ」
「教官だってパーティの一員じゃない?」
グレッグは「俺は普段はダンジョン専門で狩ってるんだ。気にするなよ」と笑った。
「っていうか、初心者講習はまだ金を持ってない奴にたくさん狩りをさせて、その儲けで装備を充実させるって目的もあるんだからな」
「えっ、そうなの?」
「やたらと狩らせると思ったら、そこまで考えてくれてたんだ」
「そうだぞ」
グレッグは「ちっとは俺を
「カタコブイノシシを狩ったのも、大物を狩ればわたしたちの儲けが増えるから……だったんですね。教官の気持ちも知らないで、わたし、さっきは生意気でした。失礼なことを言ってすみませんでした」
眉をハの字にしたジェシカにじっと見つめられて、グレッグは「いや、気にすんな。アレも指導の一環だから、まあ、なんだ」と狼狽えた。
「グレッグ教官、僕たちのことをいろいろと考えてくれてありがとうございます」
トーリが頭を下げると、他の子どもたちも習って「ありがとうございます!」と頭を下げたので「お、おいおまえら、こんな道っ
「おまえらはくっそ素直過ぎて心配になるわ。うっかり悪い大人に騙されるんじゃねーぞ。おっさんからの忠告だ」
「グレッグ教官はおっさんじゃありません。ベテランです。どちらかというとお兄さんです」
ジェシカがそう言うと、「そうだよ、全然おじさんっていう雰囲気じゃないから兄貴だよ」「グレッグ兄貴!」「お兄ちゃん、じゃあないよね。うーん、やっぱり兄貴かな」などと言われてしまい「よせやい、こんなおっさんになにを言ってるんだよ」とますます口がにやけてしまう。
確かに、高ランクの現役冒険者であり、背が高く引き締まった身体つきのグレッグは運動能力も優れていて、顔こそ渋い大人の男なのだが、子どもたちの知っている『おじさん』の姿ではなかった。
「ったく、しょうがねえ奴らだな。おう、頼む!」
買取り所に入ると、「おう! 今日は初心者講習か、ご苦労さん」と声がかかった。
「グレッグってことは、イノシシ付きか?」
「でかいやつがついてるぜ」
「じゃあ奥だ」
「ちなみに俺じゃなくてこいつら五人で狩った。有望株だから覚えてやってくれよ」
「ええっ、初心者だろ? しかも、子どもじゃないか! それはすごい、たいしたもんだよ」
「だろだろー、褒めてやってくれよ」
「君たちはすごいな。怖くて逃げ回るのが普通なのに、攻撃できるなんて偉いぞ」
「そうよ、大人だってイノシシを見たら腰が引けるのよ。素晴らしい勇気だわ」
「勇気がある子どもたちだな」
「これは見どころのある冒険者が誕生したな! ミカーネン出身の高名な冒険者になってくれよ、期待しているぞ」
買取り所の職員たちに褒められた子どもたちは照れてもじもじし、グレッグは仕返しをしてやったとばかりにニヤニヤ笑う。
「しかもなあ、こんなに大きなカタコブイノシシだ!」
グレッグが大物用の台車にどーん!とばかりにイノシシを出した。
「わあ、なんて大きいんだ!」
「こりゃあ立派なイノシシだな」
「これを子どもだけで倒したのか? 俺たちを担いでいるんじゃなかろうな? うん?」
「……この喉の傷が致命傷か。見事な腕前だ」
「もっとボロボロになっているかと思えば、綺麗なもんだ。コブの中の魔石も期待できそうだし、きっと高値で売れるぞ」
買取り所に来ていた冒険者たちも、巨大なイノシシを見て感心する。
「今日一日かけて、グレッグ教官が僕たちを鍛えてくれたからこその結果なんですよ」
トーリがにこにこしながら言った。
「そうだよ、最初はウサギもやっとだったのに、ネズミが十七匹でも倒せるようになったんだ。グレッグの兄貴の教え方は半端ねーぜ!」
「怪我もしないで強くなれたのは、グレッグ教官の指導のおかげです。教官がいるから、イノシシも安心して倒せましたし」
「そーだぜ! 兄貴はすげーぜ!」
「こんなに素晴らしい冒険者に初心者講習をしてもらえて、僕たちは幸運でした」
「よっ、よせやい、もう、ホントに、もうっ、やめてくれよう」
グレッグが照れて真っ赤になってしまったので、職員と冒険者たちは「おいおいグレッグ、可愛い弟分と妹分ができてよかったじゃないか」「あっはっは、『銀月の覇者』もかたなしだなあ」とからかって、大笑いしたのであった。
「そら、こっちも頼む」
ひとしきり盛り上がった後、グレッグはミツメウサギの身体とカマネズミの魔石を山盛り出した。
「おお、けっこうあるな。イノシシもあるし、少し時間をもらえるか?」
「ああ。おまえら、カードを出して手続きしてもらえ」
「はい!」
子どもたちが綺麗に揃った返事をしたので、「よく仕込んだな」と感心した声があがる。
「できたら、コブの魔石だけ出してもらえるか?」
「もちろんかまわないよ。お楽しみだからね」
解体担当の職員がぎらりと光るナイフを出すと、素早くカタコブイノシシのコブから魔石を取り出した。
「これは見事な魔石だね。イノシシからこのレベルはなかなか出ないよ」
緑がかった透明な魔石は、力がある石が持つオーロラのような光を放っていた。子どもたちは「すごい魔石じゃない?」「光る石だ、面白い」「綺麗なもんだなあ」などと珍しそうに魔石を観察する。
「すみません、鑑定してもいいですか?」
トーリが職員に尋ねると、彼は「君は鑑定ができるの? それはいいスキルだね、もちろんかまわないよ」とトーリの手に魔石を乗せた。リスのベルンも「す?」と不思議そうに石を見ている。
カタコブイノシシのコブの魔石(上質) 風の属性がある
「風の魔石なんですね。イノシシが風魔法を使っていたとは思えませんが……」
「属性が付いた魔石ですか。それはいい値段がつきますよ」
買取り所の職員に言われたので、子どもたちは顔を見合わせて「やったぜ!」「よかったね」と嬉しそうに笑った。
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