第40話

「中級回復薬となると、薬草が五千本。重症でも治るけれどかなり高価で、羽振りのいい冒険者じゃないと手が出ないでしょう。上級となると、ここでようやく病気にも効果が出てくるけれど、なんと薬草が一万本必要ときましたね! さらに浄化草も千本ですか。これでは小金貨が十枚、百万円越えの高価格になりますね」


 トーリは、木の実売りの妻はこの薬で治るかもしれないけれど、屋台の収入だけでは経済的に買うのは無理だろうと推測する。


「でも、もしも僕が材料を集めてこられたなら、手間代だけで作れるかもしれません。だけど、こんなに高価なものを渡したら、施しみたいです。冒険者はタダ働きしてはならないってシーザーさんも言っていたし」


 きちんと対価を受け取らないと、他の冒険者の迷惑になる。価格が崩壊してしまうのだ。


 それでもトーリは、ティナの母を救ってあげたいと悩んだ。ティナとは一度話しただけだが、すでにトーリの中では友達枠に入っているのだ。

  

「分割払いならいいかな……でも、僕がずっとこの町にいるとは限らないし、年単位の分割になると正直面倒ですよね。うーん、困ったなあ」


 すると、ベルンが肩から降りて、机に炒った木の実を並べた。


「そんなにたくさん、どこにしまってあったんですか? ベルンは不思議なリスですね。え、そうじゃない?」


 リスはトーリを見上げると、上級回復薬の絵を指差してから、木の実をひとつ拾い、丸まって寝たふりをした。そしてさらにひとつ拾い、また丸まる。何度か繰り返すと「す?」とトーリを見た。


「毎日、木の実を手に入れる? ……木の実で払ってもらう、あ、そうか! 毎日炒った木の実をもらえる権利を回復薬の代金とする、ということですね!」


「す!」


 ベルンはちっちゃな手でサムズアップした。


「薬の対価が商品の代金になるから、現金で払うよりも木の実屋さんの負担も少なくなります。ベルン、いい考えをありがとう。本当に素晴らしいリスですね」


「す」


 ドヤ、と偉そうにしても可愛かったので、トーリは人差し指の先でリスの頭をくりくり撫でて「可愛い、可愛い」としばらくちっちゃなモフモフを楽しんだ。


「それではさっそく薬草を集め始めましょう。マジカバンにもいくらかありますが、さすがに一万本はないですよね」


 彼はマジカバンに手を触れて、入っているものリストを見た。

 すると、薬草が五百二十一本、浄化草はまったくなかった。


「薬草は草原にも生えているらしいから、Fランクでも採取できますね。浄化草のある場所は……」


 トーリは植物図鑑を調べた。


「多くみられるのは森、ですか。しかも森の中にある陽だまりに生えているんですね。うーん、どうしようかなあ、緊急ということで迷いの森のピピさんに助けを求めますか」


 トーリは森の精霊を思い出して呟いた。


「ティアさんのお母さんの容態がどんな感じなのかわかりませんが、急ぐに越したことはありません。万一のことがあったら大変ですから、ここは使える手はすべて使いましょう」


「す」


 リスも頷いた。




 トーリが二階にある図書室を出て下に降りると、マーキー、ジェシカ、アルバートが待っていて、入り口からちょうどギドが入ってくるところだった。


「おはようございます」


「おはよう、トーリ」


「上にいたのね」


「うん、図書室で図鑑を見てたんでふ、だよ」


「なに噛んでるんだよ」


 気軽な言葉遣いがまだ苦手なトーリである。


「おう、集まったな」


 グレッグもやって来て、「すぐに出発するぞ」と言ってシーザーに書類を渡した。初心者講習を冒険者ギルドから依頼されているようだ。


「五人とも草原に出ても大丈夫なだけの腕がある。森の近くまで寄ってもいけるだろう。午前中は浅いところで連携の練習をして、様子を見て午後には森に近づいてみようかと考えている」


「そうか。頼むぞ。今日は特に異常な報告はないから、いつもの魔物がいるだろう。念のためにこいつを持って行け、下級だが回復薬と毒消しだ。かすり傷ならトーリが治せるから、何度か試しにやらせて経験を積ませてくれ」


「了解した」


 腰に湾曲した変わった形の剣をつけたグレッグは、革の鎧を装備している。黒く輝く革はつや消しになっていて、傷もなく新しそうに見えた。


「かっけー」


「すげーな」


 ギドとマーキーは憧れの視線で鎧を見た。


「あれはダンジョンの魔物がドロップした材質みたいだね」


「そうなんですか」


 アルバートが詳しそうなので、トーリは「なんでわかるんですか?」と彼に尋ねた。


「トーリ、口調が戻ってるよ。ほら、あの鎧には傷がないでしょ?」


「うん、それは僕も思いまー思ったよ。新品に見えるけど、違うのかな」


「たぶん違うよ。あれは、自動修復の効果がついているんだと思う」


「自動修復の効果? ってことは、傷がついても自然と戻る感じなんですーなのかな?」


「そう。すごいよね。手入れも簡単だし、防御力がずっと変わらずに長く使える優れた防具だよ。いくらするのかは考えたくないね」


「そうなんですなのかー。グレッグ教官はお金持ちなんでふーなんだね」


「間違いなくダンジョンに潜ってるレベルだね」


 ギドが「トーリ、おまえの喋り方変だぜ。顔が固まってるんじゃないか?」と言って、トーリの整った顔を両手でグニグニと揉みほぐした。


仲間内なかまうちで緊張すんなよー」


「うむーん」


 ギドに面白い顔にされながら、トーリは返事をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る