第30話
冒険者ギルドに戻ると、子どもたちは「それじゃ、また明日!」と解散してそれぞれの予定に取りかかる。
トーリは総合受付にいるシーザーのところに行った。
「おう、講習はどうだった?」
「友達ができました」
「そりゃよかったな」
ギルド内にいる冒険者たちは『あのエルフの子ども、ほやほやした顔をしているがギルマスを恐れないとは肝が据わっているな』と感心する。
「今日の午後は、まずは騎士のラジュールさんに挨拶をしてから、買い物に行こうと思います。着替えとか日用品とか、まだ用意していないんですよね」
「……ほう」
マジカバン持ちで旅をしてきたはずなのに、着替えすら持っていないというトーリに、シーザーは不審を抱く。
だが、そんなことはおくびにも出さず、彼は何気なく話した。
「この町は、領主都市には及ばないが店も多い。いいものが見つかるといいな」
領主都市とは、ミカーネン伯爵が住む街の方だ。このダンジョン都市はダンジョンに潜り資源を得るために作られた町なので、農産物などの物品はすべて親都市であるミカーネン領主都市から仕入れている。
「トーリはここに来るのに長旅をしてきたのか?」
「いえ、三日くらい歩いたら着きましたよ」
「浄化の魔法を使っているから汚れてはいないけれど、いい加減着替えて、ゆっくりお風呂に入りたいですよ」と笑うトーリを見て、シーザーは『なるほど、浄化が得意か。だが三日歩いてここに来られるような町も村もないんだがなあ、どこから来たんだよ』と内心でつっこんだ。
「ひとつ聞いてもいいか? おまえはこの国の名前を知ってるか?」
「そういえば聞くのを忘れていましたね。なんていう国なんですか?」
「知らんのか……」
シーザーは頭を抱えた。トーリの世間知らず加減が『常識の範囲外』どころではないことがわかってしまったからだ。
ずばり、こいつはおかしい。
顔が綺麗すぎるし、潜在能力がありすぎるし、知能も高い。なのに、一般的な知識が赤ん坊並みなのだ。
昨日、報酬を渡した時も貨幣の価値がわかっていなかったようだったし、買い取り所からは『高価な果物を大量におろしていったエルフ』の報告が要注意人物指定付きであがってきている。
しかし。
おかしなエルフであっても、トーリはすでに冒険者ギルド員だ。彼が問題を起こしたり巻き込まれたりする前に防止するのがギルドの仕事になる。
「おまえには初心者講習の前に受けなければならないものがあった。買い物が済んだらここに顔を出せ。そして、すぐに受けておけ」
「明後日以降じゃ駄目なんですか? 明日はみんなで野外実習なんですけど」
「ううむ、なるべく早く受けろ」
シーザーが、ギルド講習会の一覧が書かれた紙を見せて、その一番下を指差した。
「今まで受けるやつがひとりもいなかったが、ちゃんとテキストも用意してあるし、費用もギルド持ちだから安心しろ」
そこには『猿でもわかる世界の常識講習』と書かれてあったので、トーリは「僕は猿以下に認定された……酷い……」と涙目になった。
肩に乗るリスが「す」と彼の頬を叩いて慰めてくれた。
「で、この国の名前はなんていうんですか?」
シーザーは特大のため息をついた。
「ここはグランダード国のミカーネン伯爵領のミカーネン・ダンジョン都市というところだ。少し離れたところにあるミカーネンの領主都市から派生した町だ。ミカーネン地方はダンジョンと魔物の森も含むが、迷いの森は別だ。あれはどこの領地でもないヤバい場所だ」
「グランダード国、ですね」
トーリはとりあえずの知識を授けてもらった。
さらに「国は王族が治めていてその下に貴族がいる。貴族って知ってるか? さすがに知ってるよな。で、政治を司る元老院という組織もあり、上級貴族がそのメンバーだ。冒険者ギルドにもそこそこの権力があるが、基本的には貴族には逆らうなよ。肩を持つにも限度があるからな」と釘を刺された。
「幸いダンジョン都市には貴族の住宅街はないから、関わる機会もそうはないだろう」
「あっ、もしかするとセジュールさんも貴族なんですか?」
「あれは貴族出身の騎士爵だ。領地は持っていない」
「シーザーさんは?」
「俺は庶民だが、現役の頃に貰った名誉爵ってのを持っている。これも領地はないぞ。だが、年金が貰えるありがたーい爵位だ。そのかわりに義務も発生するがな」
「うわあ、貴族の義務とかめんどくさそうですね」
「めんどくさい言うな」
「僕は庶民です」
「庶民、ねえ」
シーザーは
「そうだ、今度一緒に夕飯を食べに行きましょうよ。美味しいお店を教えてください。宿のごはんもとても美味しいけど、せっかくだからいろんな店を開拓したいんですよね」
にこにこしながら食事に誘ってくるトーリを、シーザーはどんな思惑を隠しているのかと観察したが、そこにはちょっと
「もしかして、奥さんが家で待ってるから夕食の時間は外に出にくいですか?」
「……いや、俺は独身だから」
トーリははっとした表情になり、それからとても優しい口調で言った。
「そんな顔をしなくても大丈夫ですよ、シーザーさんならきっといいお嫁さんが見つかります。だって、すごくいい人だし! 見た目だって、ちょっと渋めのいい感じのおっさんだし! 強くて頼りになる男ってモテますよ。ほら、僕なんて三十九年間、彼女もいなくてもちろん独身……」
「やめろ、おまえには慰められたくない」
その時ギルドにいた者たちは、全力で腹筋を使って笑いを
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