第29話

 友達と一緒にごはんを食べる。

 これはトーリにとって、大イベントであった。

 友達がいなかったトーリは、食欲が失せるからという理由で、給食の時間ですらひとりぼっちの食事であったため、彼の顔の怖さに耐性を持つ家族以外とは、食卓を共にした経験がなかったのだ。


「ただいまー、お昼ごはんを食べに来ました」


 にっこにこのトーリが、マーキー、ギド、アルバート、ジェシカを引き連れて銀の鹿亭に戻って来た。ここなら確実に美味しいものが食べられるのだ。


 昼の銀の鹿亭は、夜よりも空いている。ほとんどの冒険者は携帯食か弁当を持って仕事に行くためである。


「あっ、トーリお兄ちゃん、おかえりなさい」


「ロナさん、ただいま」


 看板娘のロナがとことこと奥から出てきて「お兄ちゃんたちはおちゅかれですか?」と首を傾げた。


「少しお疲れですが、ごはんを食べたら元気になりそうです」


「お父さんのごはんはとても美味しいから、すっごく元気になる、なのですよ!」


 力説するロナを見て、トーリの後ろから銀の鹿亭にやって来た子どもたちはほっこりした。


「おう、トーリじゃねえか。そいつらは?」


 話し声を聞いた店の親父さんも現れて、店内を見回す子どもたちを見た。


「冒険者ギルドで知り合った友達なんです。みんなで美味しいお昼ごはんを食べに来ました」


「友達ができたのか、そいつは良かったな。今日のお勧めは肉の甘辛焼き定食だ。肉好きには評判がいいんだぞ」


「それは期待しちゃいますね! みんなはどう?」


「俺も」「俺も」「僕も」「わたしも」と全員がお勧めの定食を選んだ。


「そうだ、食後にこの果物を出してもらっていいですか? あまった分は皆さんで召し上がってください」


「おう、いつも悪いな……って、アプラはともかく、これはブルーバじゃねえかよ。いいのか?」


「はい。甘酸っぱくて美味しいですよね」


 お馴染みのアプラと共に高級な果物を渡されそうになって、ジョナサンはトーリに「おまえさんはこいつの価値、わかって出したんだよな?」と念を押す。


「体力と魔力が回復する、美味しい果物です。僕達はギルドの初心者講習を受けてきたから、けっこう体力も魔力も使ったんですよね。たくさんあるので銀の鹿亭の皆さんも食べて、美味しいごはんを作ってくださると嬉しいです」


「そうか、なら遠慮なくご馳走になる。そう言われたからには腕によりをかけちまうぜ!」




 冒険者見習いの子どもたちは、まだそれほどの収入がないため、食堂の定食を食べる程の余裕はなかったのだが「果物をたくさんもらったから、割引だ」と予想外の値段を提示してもらったので、安心して食事を楽しんだ。


「うっま! この肉、すごく美味いな!」


 ギドが叫び、マーキーは無言でごはんをかきこんだ。


「一杯ならごはんのお代わり無料だぞ」


 ジョナサンの言葉を聞いて、子どもたちは嬉しそうな顔になった。この美味しさなら女の子のジェシカもお代わりがしたいと思うほどだったからだ。


 こんがり焼いた肉には甘辛いタレが絡んでいて、山盛りごはんと一緒に口に入れると肉の旨みと脂がふわっと広がる。トーリはこの世界に米があることを喜び、心の中で女神アメリアーナに感謝した。

 肉もごはんも添えられた野菜スープも、疲れた身体に染み込む美味しさだった。ロナの言う通り、疲れも吹き飛びそうだ。


 ちなみにベルンは、テーブルの上に「ここはベルンのお席よ」とロナが用意してくれた箱に入り、カリカリと木の実を食べている。トーリは、殻がその中に落ちるので、後の掃除が楽そうだなと思った。


(さすがは働く幼女、ロナさんは賢いですね)


「ここの料理は本当に美味しいんですよ。とても気に入っているから、みんなにも食べてもらいたかったんです」


 ちょっと得意げなトーリの声はよく通って厨房まで聞こえたので、親父さんとおかみさんは料理をしながらにっこりした。


「おう、美味いな! トーリ、スカした喋り方に戻ってるぜ」


 マーキーに言われて、トーリは口を押さえた。


「あっ、いけない! 昨日から泊まってるんだけど、夕食も朝食も美味しかったんだ。ギルドマスターがお勧めしてくれただけあるよ」


「ごはんが美味しい宿屋ってサイコーだな!」


 彼らは美味しい定食をおなかいっぱい食べると、出してもらった果物を食べて「これも美味ーい!」と喜びの叫びをあげた。


 店内にいた少ない客たちにも親父さんが「トーリからのお裾分けだぞ」と貴重な果物が振舞われたので、彼らは幸運と甘い果物を噛み締めた。

 高級なブルーバもそうだが、一介の冒険者の身ではアプラもなかなか食べられないのだ。


 昼食を食べ終わり、彼らは冒険者ギルドへと歩いていく。


「俺は親類のうちに居候してるんだ」


 マーキーは、叔父が冒険者なのだと話す。


「わたしとアルバートは、もっとお手頃な宿屋に泊まってるよ。そこでギドに知り合ったの。わたしたちふたりは一緒の村からここにやって来たんだよ。トーリくん……トーリはおうちがお金持ちなの?」


「そうじゃないけど、この町に来る時に運良く果物をたくさん取ってこれたんだ。それを売ったお金で泊まってる感じだよ」


「採集も、ものによってはいい稼ぎになるよね。実力がないうちに華々しい戦闘を求めるよりも、堅実に稼いで良い武器や防具を得るというのがいい方法だと思う。命あっての物種だよ」


 アルバートは大人のような話し方をする。彼は声量を抑えて言った。


「それ、マジカバンでしょ? 子どもが持つには高級過ぎるから気をつけてね」


「そうらしいね。でもこれにはね、女神様の強い加護がかかって……わあっ」


 その時、体格のいい男がトーリに体当たりをして、マジカバンに手を出したのだが、足をもつれさせると側溝にはまって転び、天から落ちてきた雷撃に撃たれて全身を感電させて気を失った。

 彼の髪の毛がチリチリのアフロになっていたので、トーリは『すごい、ギャグ漫画をリアルで見ちゃいました。女神様は日本の漫画が好きなんですね』と感心した。


「ほら、今みたいに、僕から奪おうとするとこんな風に天罰がくだるんですよ」


「天罰って初めて見たよ。すごい加護がかかってるんだね!」


 ジェシカは目を丸くしてトーリのカバンを見た。

 

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