第27話
「逃げてばかりでっ、卑怯だぞっ、この卑怯エルフめ!」
「そんなことを言ったってー、ひょうっ、片手剣とナイフじゃー、よっ、打ち合えないでしょう。ほいっ、やっぱり武器なしに、しましょうよー」
「嫌だ、俺は剣に人生をかける男だから!」
「マーキーくんは、熱い男ですねっ! っと」
友達(?)の熱い想いを受け止めたい。
だが、刃のない木のナイフで片手剣を受けたら勢いに負けて、弾き飛ばされるか破壊されるかしてしまう。ナイフは切り裂くもので、打ち合うための武器ではないのだ。
かといって拳で語り合おうにも、トーリはまだ、どこが急所でどこなら大丈夫なのかわからない。そのため
(この手合わせは、僕が想像していたのと違います……)
これは日本の子どものじゃれあいとはレベルが違っていた。ふたりとも、魔物を狩る冒険者のたまごなのだ。つまりセミプロである。
トーリが強化した拳でマーキーを殴ったら、おそらく大怪我をさせてしまうだろうし、当たりどころが悪ければ死んでしまうかもしれない。
その危険性を、トーリは先ほどのギルドマスターとの手合わせで認識した。シーザーにも「強化したおまえさんの拳は、ウサギくらいなら頭を砕く力があるぞ」と注意されたのだ。
人の頭もウサギと同じくらいの硬さだとしたら、トーリの両拳は立派に殺傷性のある武器だ。彼は友達候補の頭を砕きたくなかった。
かと言って、強化しないとトーリの拳はよわよわなのだ。それではマーキーに通用しない。逆に剣で手を砕かれてしまうだろう。
というわけで、新しいお友達との心温まる殴り合いができそうだというトーリの期待は砕け散ってしまった。
「うーん、どうしましょう、このままマーキーくんが疲れて倒れるまで逃げ続けても納得してもらえそうにないし……」
それに、冒険者を目指すだけあってマーキーはスタミナがあり、まだまだ倒れてくれそうにない。
(拳で剣を殴るとか? タイミングを外したら僕の手がやられてしまいますね。うーん、ナイフにも身体強化は効かないかな? 手の延長だと考えればもしかして……)
トーリは魔力がナイフを覆う姿をイメージして、身体強化をかけ直した。そしてマーキーの振るった剣をナイフで受け止める。
「できました!」
「なっ!」
ようやくトーリに当てたと思ったら、ナイフで剣を弾き返されてしまい、バランスを崩したマーキーはたたらを踏んだ。
「くっそ、やりやがるな!」
体勢を整えたマーキーが再び斬りかかると、トーリがナイフで受け流す。木製とは思えないキンという澄んだ音が響き、彼らは数回打ち合った。
「マーキーくんも、剣に強化魔法をかけてましたか!」
「そりゃそうだッ!」
トーリ程ではないが、マーキーも魔法を使えたようだ。そのまま何度か打ち合うと、強化したナイフの扱いに慣れたトーリは思いきった踏み込みを見せて、片手剣を巻き上げるようにナイフを振い、それまで使っていなかった左手でマーキーの腕をつかみ、同時に足払いをかけた。
ひとつひとつにはさほど威力がないが、三つが合わさってマーキーのバランスを崩し、彼は右手から剣をもぎ取られてしまった。
「それまで!」
グレッグの判定と同時に、マーキーは地面に倒れた。
はあはあと荒い息をするマーキーは「ああ、くっそ強いな! 俺の負けだ!」と潔く敗北を認めた。
「マーキーくんは、偉そうな口をきくだけあって強いですね」
「うるせえ、悪口かよ。トーリもヒョロいくせに強いな。腹が立つほどすばしっこいだけかと思ったら、ナイフもそれなりに使えるし」
彼は立ち上がりながら言った。
「僕が一番得意なのは弓ですけどね。魔物は怖いので、近接はやりたくないんです」
「なんだよ、だらしねえな。ネズミかうさぎにでも追いかけられたことでもあるのか?」
「ええと、ヒトツノウルフに食べられそうになって、一時間くらい追いかけっこをしました。涎をダラダラ垂らしながら追いかけられて、焦りましたね」
マーキーはもちろん、他の子どもたちもグレッグも顔色を変えた。
「ヒトツノウルフだって? おまえ、馬鹿だろう! いったいどこに行ったんだよ」
マーキーに馬鹿だと言われたので、さすがのトーリも少しムッとして笑顔を消す。
「森をつっきって、この町に向かってました。わけあって、それ以外にここに来る方法がなかったんです」
森と言っても『迷いの森』なのだが、その情報は伏せておく。
ジェシカは「トーリくん、よく逃げ切れたね! わたしだったら絶対に食べられてたよ」と身体を震わせ、アルバートは「すごいや、ヒトツノウルフから一時間かけて逃げたなんて、トーリくんはかなり持久力があるね。素早さと持久力が君の持ち味なんだね。弓の腕もたいしたものだし、後衛向きだ」と分析をする。
ギドは「俺は食われるよりも食う方が好き!」とピントの外れたことを言っている。
グレッグは「魔物の恐ろしさを身体で覚えたのはよかったな。初心者ほど自分の力を過信して命を落とす。ビビって動けなくなるのはまずいが、敵の強さを正確につかむことは長生きのコツだぞ」と指導をした。
「ってことは、俺はトーリの手下になるってことかよ。くっそ! 絶対にリベンジしてやるからな」
マーキーはトーリを睨みつけたが、トーリは笑顔で受け流した。
「僕は手下の募集はしていないから、そういうのはいいです。手合わせは大歓迎ですからぜひまたやりましょう」
「えっ、手下にならなくていいのか?」
マーキーはなぜか少しだけ寂しそうな顔をしたが、トーリが「友達は募集してますよ?」というとニヤリと笑った。
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