第26話

 冒険者見習いたちの指導をしている男性は、トーリを見て頷いた。


「新入りの子どもか。途中からになるがそれでいいなら構わないぞ」


「大丈夫ですので、お願いします」


 トーリが応えると、グレッグと呼ばれた、片手剣を腰に下げた冒険者らしい年配の漢が、彼に向かって「なら来いよ、新入りの坊主」と声をかけた。シーザーは「じゃあな、みんながんばれよ」とちびっ子たちに声をかけると、またギルドの受付へと戻って行った。


「おまえさんはエルフか。獲物はその弓とナイフだな」


「はい、僕の名前はトーリといいます。グレッグさん、皆さん、よろしくお願いします」


 綺麗にお辞儀をするトーリを、四人の子ども達が戸惑った様子で眺めた。


「どこのおぼっちゃんだ? しっかりしたマナーだな」


 グレッグはそう言うと、子ども達に向かって話す。


「そら、こういう時はどうするんだ? ほら、ちゃんとやってみろ。冒険者には腕っぷしの強さと一緒に、依頼者に信用されるきちんとした振る舞いも必要なんだぞ。ろくに挨拶もできない冒険者に護衛依頼を出したい客はいない。強く頼りになる有名な冒険者たちは、皆マナーを身につけている。上に行きたいならば、おまえたちも今から学んでおけ」


 確かに、腕っぷしが強くても粗野な人物に頼りたいとは思わない。優れた冒険者は信頼できる人柄であることが多いのは、依頼する者も相手を選ぶからなのである。そして、場数をこなすことによって成長し、一流と呼ばれる冒険者として育っていくのだ。

見習いの子どもたちは、グレッグに指導されて素直に頷いた。


「トーリさん、わたしはジェシカと言います! よろしくお願いします!」


 茶色い髪をふたつのおさげにした少女が、勢いよく挨拶をしてからぺこりと頭を下げた。


「俺はギドっす!」


 彼はなぜかあはははと笑う。


「僕はアルバート。よろしくお願いします」


 彼は四人の中で最も落ち着いた子どもである。


「……俺はマーキー。弱そうなやつだな。俺様の手下になるなら仲間に入れてやってもいいぜ」


 最後の子は少し悪ぶってそんなことを言っている。

 マーキーと名乗ったいかにもやんちゃそうな男の子を見て、トーリは思わず吹き出した。日本の不良と重なってしまったからだ。

 笑われたマーキーは、真っ赤な顔をして叫んだ。


「なんだよおまえ、ヒョロいくせに生意気だぞ!」


「だって、俺様とか言うんだもん。面白すぎですよ」


「うるっせえ!」


「あっ、それじゃあマーキーくん、僕と手合わせしてみませんか?」


 顔が怖かったため過度に怯えられてしまい、同年代の子どもと取っ組み合いもじゃれあいもしたことのないトーリは、ワクワクしながらマーキーを見た。


「なんだと? 面白え、どっちが強いか決着をつけようぜ!」


 トーリは「やった!」と喜んだ。


「これはこぶしがぶつかり合って生まれる友情ってやつですよね! わあ、がんばらなくちゃ。どっちが手下になるか、男と男の勝負ですよ」


「くっそ、望むところだ」


 トーリはめちゃくちゃテンションが上がっている。拳を交わして友達ができそうなので、興奮しているらしい。マーカーの方はかなり頭にきているらしく、真っ赤な顔をしてトーリを睨みつける。


「マーキーくん、今のはマーキーくんの言い方が失礼だったよ。トーリくんに謝って仲直りをした方がいいと思う」


「ふたりとも、喧嘩はやめなよ。話し合いで解決しない?」


「いいぞー、やれやれー! 強いは正義ってやつっすね!」


 ジェシカとアルバートは戦いを止めて、ギドは煽る。

 

 子どもたちのいざこざを見守っていたグレッグは「そうだな、少し武器の扱いを見るところだったからちょうどいい」と、マーキーとトーリに木製の武器を選ばせた。


「おっとその前に。トーリ、自分の弓を使ってあの的に向かって攻撃してみろ。それはエルフ専用の弓だろう?」


「はい、そうですよ。では行きます」


 トーリは返事をすると共に素早く弓を構えて射る。

 その滑らかな動きと、的の真ん中がボンと弾けたのを見て、マーキーは顔を強張らせた。

 ギドが「わーすげー、マーキーの頭もボンといくかな」と呟くと、トーリも「当たればボンといきますねえ」と頷く。

 マーキーは今度は顔を真っ青にする。


「とっ、飛び道具を決闘に使うのは卑怯者のすることだからなっ」


「使うわけないでしょう。僕が射るのは魔物だけですよ。さあ、拳で友情を育みましょう」


 トーリが弓をマジカバンに片づけると、マーキーは子どもにも振るえそうな片手剣を手にする。


「ええっ、殴り合いじゃないんですか?」


「俺の武器は剣なんだよ」


「えー、そんなー。拳にしましょうよ」


「断る」


 トーリはしょんぼりしながら木製のナイフを手に取った。戦いの予感を感じたのか、ベルンはきょろきょろと辺りを見回すと、グレッグの肩に飛び乗った。


「おう、人懐こいリスだな」


 彼はとても嬉しそうな顔をしている。どうやらモフモフ好きらしい。


 マーキーはトーリが手にした木のナイフを見て笑う。


「ふん、こういう勝負はリーチが長い武器が有利なんだぜ。そんなちっぽけなナイフなんておもちゃみたいなもんだ」


「それはどうでしょうね。拳の勝負にしておけばよかったと、後悔することになるかもしれませんよ」


 余裕があるトーリを見て、マーキーは余計に顔を赤くする。


「マーキー、感情的になるな」


 グレッグに注意されて、マーキーは「ちっ」と舌打ちをして深呼吸をする。


「武器を落としたり、降参したり、戦闘不能状態になったら……いや、子ども同士でそれはまずいか。俺が勝負ありと判定したらそこまでということにしよう。それでは始め!」


 グレッグの合図でマーキーは片手剣を振り上げ、トーリに切りかかった。大きな口を叩くだけあって、速度もある力の乗った一撃だったのだが。


「よっと」


 身体強化をするまでもなく、危なげのない身のこなしでトーリはけた。マーキーは体勢を崩すことなく第二撃を打ち込むが、これもあっさりと避けられる。

 さっきギルドマスターのシーザーと手合わせをしたトーリにとって、初心者冒険者のマーキーの動きは簡単に見切ることができ、彼との手合わせはちっちゃな子どもの鬼ごっこのようなものだったのだ。


(やっぱりこの身体のスペックはすごいですね)


「ひょい」「やあ」「おっと」「ほい」とおっさんっぽい掛け声をかけながら、剣の攻撃を踊るように避け続けたので、マーキーの苛立ちは高まっていった。

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