初心者デビュー
第23話
「おはようございます、ベルン」
「す……」
目が覚めると、仰向けになったトーリの胸でリスのベルンが尻尾を抱えて丸まっていた。リスは少し寝ぼけているようである。
彼は優しく撫でて、そのモフモフ加減に心を和ませる。
「今朝も可愛いですねえ、ベルンは最高に魅力的なリスですね」
撫でられているうちにリラックスしたのか、リスは身体を伸ばしてトーリの上で仰向けになる。野生生物にあるまじき姿なのだが、彼の胸の温かさに不思議な作用でもあるのか、リスはすーすーと寝息をたてて本格的に寝始めている。
トーリは少し困った顔になった。
「ずっとこのまま撫でていたいのですが、そろそろ朝食をとりに行かなければならないので、胸の上から退いてもらってもいいですか? リスのお腹がふわふわで、最高にいい手触りなことはよくわかりました」
「す……すっ」
頭のいいベルンは『起きて欲しい』というトーリの願いを感じ取ったようだが、残念ながらピントがずれていたらしく、もぞもぞ移動するとトーリの顔の上にでろーんと横たわった。
どうやらお腹のモフモフを求められていると勘違いしたらしい。
「こ、これは、猫吸いならぬ、リス吸い! 可愛い! 可愛すぎる! 気持ちいい!」
「すー」
ベルンはまた寝た。
いくら美少年でも、リスのお腹の匂いを嗅いで(幸いくさくなかったらしい)喜ぶ姿はとても変態っぽいのだが、両者が満足しているので問題ないだろう。
「僕、転生できて本当によかったです。まさか、こんな風にリスを顔に乗せてモフれる日が来るなんて」
指でそっと尻尾をモフる。今まで顔が怖すぎて小動物にことごとく避けられていたトーリは、幸せ過ぎてうっとりした。
ますます変態っぽい。
だが、顔がいいから許された。
「リスは世界一可愛い生き物で、ベルンはリスの中で一番の可愛さです」
「す」
トーリの喜びを感じ取り、ベルンは満足した。
ふたりの絆が深まった。
お腹のモフモフを充分に堪能してから、トーリはリスを肩に乗せて階段を降りて食堂に向かった。
「おはようございます」
「おはようございます、トーリお兄ちゃん。リスのベルンちゃんもおはようございます。朝からふわっとして可愛いのね。ふたりともよく眠れましたかー」
「はい、ぐっすり眠れましたよ。今日から冒険者として活動するのでとても楽しみです。ロナさんは朝から元気いっぱいですね」
「す」
リスも眠れたようだ。
「ロナは
「小さいのに、早起きをしてちゃんとお仕事をして、ロナさんは立派な女の子です」
「えへへ」
可愛い笑顔のロナを見て、トーリは彼女の頭を撫でようとして……手を止めた。
(小さくても、女子の頭を撫でるのは、マナー違反なのでしょうか? 日本にいた時には、小さな子どもは僕の前から隠されていたので、頭を撫でる機会は一度もありませんでした。「悪いことをすると、あのおじさんに攫われて頭からかじられてしまうよ」と言われて、ギャン泣きする子どももいましたね……僕、子どもを食べたりしないのに……)
ナマハゲ扱いをされていた、気の毒なおっさんだった。
ロナは、空中で止まったトーリの手を不思議そうに見る。
「お兄ちゃん、どしたのですかー」
「その、ロナさんのことをいい子いい子していいのかどうかと悩んでいまして」
「悩みごとなら、おとうさんに相談しゅるといいのよ。おとうさんは強い冒険者だったし、お料理も上手だし、いっぱいたくさんのことを知ってるの」
「そうなんですね! ジョナサンさんが冒険者だったことは、シーザーさんにお聞きしていましたが、かなりの凄腕だったんですか」
「そなの、すごくてカッコいいの」
「素敵なお父さんでよかったですねえ。ロナさんは、おとうさんのことが大好きなんですね」
「大好き! おとうさん大好き!」
可愛い娘に大きな声でそんなことを言われたものだから、朝食の支度をしていたジョナサンが照れながら奥から出て来た。
「よせやい、ふたりしてなんだ、照れるじゃねえか……トーリはなにをやってるんだ?」
空中で止まった手を見て、ジョナサンは怪訝な顔をする。
「これはいいところへ! 相談に乗ってください。知り合いの小さな女の子の頭を撫でるのって、失礼な行為ではありませんか?」
「はあ?」
「ロナさんがとてもいい子なので撫でようとしたのですが、お作法がわからず躊躇していました」
「お……作法? なんだそりゃ。ロナ、撫でて欲しいか?」
「欲しい! トーリお兄ちゃんにいい子いい子されたいの」
ジョナサンが頷いたので、トーリはロナの頭を撫でた。
「わあい、お兄ちゃんありがとう」
ロナはすでにトーリのことが大好きになっていたので、撫でられてとても嬉しい気持ちになった。
(生まれて初めて、子どもの頭を撫でました。小さくてあったかくて、子どもってこんなにも可愛くて心がほっこりする存在なのですね。僕は今まで知りませんでした)
トーリは嬉しくなり、少しだけ涙ぐんだ。ロナは彼のキラキラ光る紫色の瞳を見て「お兄ちゃんの目には、宝石がしまってあるのね」と楽しそうに言った。
トーリの肩で、朝ごはんの胡桃を用意しながら様子を見ていたベルンは、器用にロナの肩にうつると「す」と言いながら小さな手でロナの頭を撫でた。
「ベルンちゃんも、ありがとう。ちっちゃくて可愛い『いい子いい子』ね」
「すー」
リスも幼女もとても満足そうなので、トーリもジョナサンも食堂にいる人々も心をほっこりさせたのだった。
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