銀の鹿亭
第19話
「今日はいろいろあって疲れてしまったので、宿に行って休みましょう。明日は教会を探したいですね」
「す」
ひとりごとなのに、リスのベルンがタイミングよく返事をしたので、トーリは嬉しくなってふふっと笑った。
「ありがとう、ベルン。なんだか、ひとりぼっちじゃないみたいで、君といると楽しいです」
「す? す!」
ベルンは、かじりかけのドングリの実を半分に割ると、トーリの口の中につっこんだ。どうやらおやつを分けてくれたらしい。
生のドングリは美味しくないけれど、小動物が示してくれた親愛の行動をむげにしたくなかったので、トーリは噛まずに飲み込んだ。
「ベルン、炒った木の実はもっと美味しいんですよ。ほら、あの店に売ってますから、試してみましょう」
「す!」
炒りナッツを一袋購入し、ベルンに与えると「すーっ! すーっ!」と興奮しながら喜んで食べた。そして、『美味しいから食べなよ』と言うようにトーリの口の中にもナッツを詰めてくるので、トーリはベルンのことが可愛くて仕方がなかった。
「ベルン、ありがとう。君は親切なリスですね」
「す」
ナッツを仲良くぽりぽり齧りながら、ひとりと一匹は銀の鹿亭に向かった。
その宿屋は一階で食堂を経営していた。まだ暗くない時間で、厨房では夜の営業に備えて仕込みをしているらしい。
「こんにちはー、お願いしまーす」
トーリが声をかけると、おかみさんらしい女性が「ロナ、ちょっと出て聞いてきておくれ」と誰かに頼む声がした。
「はーい、お客さん、いらしゃーませですー」
ふたつ結び髪の女の子が……いや、幼女が、奥の部屋からとことこ現れたので、トーリは少し驚いたが『いや、若く見えるけれど、彼女は実は五十歳かもしれませんからね』と冷静に考えた。
「初めまして、冒険者ギルドのギルドマスターから紹介されてきました。宿泊したいのですが、お部屋は空いていますか?」
「冒険者の、シーザーおじさんの、お知り合い、なのですかー」
「はい、お知り合いなのですー」
トーリは、幼女が怯えずに彼の話を聞いているのを見て心の中で感激していた。小学校の時の、一年生の子どもたちが泣き叫ぶ例の事件から、小さな子どもは彼のトラウマになっていたのだ。
(怖がられないって素晴らしい! 転生できて本当によかったです!)
にこにこ顔のエルフを、口を開けてしばらく眺めていた幼女は、はっとして返事をした。
「あ、ごめんです、お父さんに聞いてくるですー、おとうさーん」
幼女が厨房に行って、父親に尋ねている。
「すっごくすっごく顔の綺麗なお兄ちゃんが、お泊まりしたいって来たー、ロナににこにこしてるー、すごい優しい顔ー、ロナ驚いたー」
「おいロナ、顔に騙されるんじゃねえぞ。男は顔じゃねえんだ。にやけた野郎に心を許すな」
「そなの? にこにこよくないの?」
とてとてと可愛らしい仕草で幼女が戻ってきて「だます? お兄ちゃんはロナをだますの?」と真剣な表情で迫ってくる。
トーリは幼い子どもをたぶらかす悪人になったような気分になり「そんなこと、しません、よ、本当に」と言いながら後ずさった。
幼女ロナは振り返ると、父親に向かって声を張り上げた。
「おとうさーん、お兄ちゃんがだまさないって言ってるー、リスも連れてるー、リスが可愛いから、泊めていいよねー」
「リスだとー?」
「僕は女の子を騙しませんよー、ギルドマスターの紹介でーす、怪しい者ではありませーん」
幼女ロナの背中ごしに、トーリも声をかけた。すると、宿の主人らしい男が顔を出した。
「おう、そっか。シーザーの紹介ならまあ、仕方ねえな」
彼はトーリの顔を見て目を剥いた。
「なんだ、まだ子どもじゃねえかよ! ロナよりちっと上くらいか?」
「いえ、もう三十九歳のおっさんです。ロナさんがおいくつなのか知りませんが」
「なあにがおっさんだ、エルフのガキンチョが大人ぶるんじゃねえよ。ちなみにロナは五つだぞ」
「僕よりも全然ちびっ子ですよ!」
「わっはははは、俺から見ればおまえさんもちびっ子だぜ」
男は笑いながら「俺は銀の鹿亭のジョナサンだ」と自己紹介をした。
「僕は、冒険者のトーリと言います。まだ見習いですけどね、ちゃんと働いていますし、ちびっ子ではありません」
トーリはキリッとした顔を作って言ったつもりなのだが、ジョナサンに「ほいほい」と軽く流されてしまった。
「もう……この子は僕の仲間で、普通のリスのベルンです」
トーリは肩に乗ったリスを紹介した。
「す」
片手を上げるリスを見て、ジョナサンは「賢いな。だが、ペットの持ち込み料は加算させてもらうぞ」と言った。
「リス用のベッド付きのひとり部屋で、素泊まりなら銀貨六枚と銅貨三枚、朝晩の食事付きなら銀貨七枚と銅貨八枚だ。リスの飯はない。一週間なら連泊割引で大銀貨四枚だ。その場合、リスの分はサービスする」
「ベルンは木の実があるから大丈夫です。それでは、食事付きで一週間、お願いします。あ、これはお近づきの印です」
トーリがアプルの実をごろごろ取り出してジョナサンに渡したので、彼は「おおっ、わりいなあ。こりゃあいいアプラだ。美味そうだな、ありがとよ」と大きな両手を出して喜んで受け取った。
そして、ベルンがその上にどこからか取り出した胡桃を「す」とひとつ乗せたので「……ちっこいのに気を使うなよ」となんとも言えない顔になる。
「おいルーキー、人前で、そんなに入るマジカバンを使わん方がいいぞ……って、おい」
トーリがさらにパナプルを取り出して上に乗せると「お前、これはヤバいだろ、パナプルだぞ」と慌てる。
「甘くて美味しいから、一緒に食べましょうよ。……僕と一緒だとまずくなるというなら、ご家族でどうぞ」
顔が怖すぎるために、いつもぼっち飯だったトーリが力なく言うと、ジョナサンは「なんだそりゃ」と変な顔をした。
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