優しいエルフのトーリさん〜怖い顔のおっさん、異世界に転生したので冒険者デビューします〜

葉月クロル

トーリ、転生する

第1話

 風間桃李かざまとうりは、顔が怖い。

 生まれた時から怖かった。

 彼をとりあげた助産師は、元気に泣く彼の顔の禍々しさに驚き、あやうく落としてしまいそうになったという。

 そんな桃李だったが、両親と祖父母の目から見たら可愛く見えるのが救いだった。彼らは、パグとアメリカンピットブルテリアを足して邪悪にしたような顔の目つきが悪い赤ん坊を見て「ラブリーな子犬ちゃん顔だね」「こういうのがぶちゃカワというらしいよ」と可愛がった。


 体格が良かった桃李は、小学生の頃にはすでに近所の不良中学生に遠巻きにされる『おさわり禁止男子』に認定されていた。まだ一桁の年齢で、すでに凶悪な顔面の持ち主だった。

 彼は別に、不良とトラブルになったり喧嘩をふっかけたりしてイキろう、などと思ったことはまったくなかった。ヤンキーたちと話したことすらない。数回、身に降りかかる火の粉を払ったことはあるが。

 なのに『あの歳ですでに、何人かを病院送りにしたらしい』『いや、墓場送りだ』『もう某事務所にお迎えされることが決まっている』『実はとある組長の隠し子で跡取りだそうだ』『銃弾すら顔面を避けていく』という無責任な噂が流れて、『まだあどけない笑顔の少年』であるはずの時代ですら、彼を見ると皆、道を開けてくれた。


 小学6年生になり、新入生のお世話をする係になった時には、彼の顔を見たちびっ子たちが号泣しながら校舎を逃げ惑い『風間桃李事変』と命名される大事件となった。

 震えながら身を隠すちびっ子を全員回収するのにかなりの時間がかかり、その日から彼は低学年の校舎を出禁となった。

 あまりにも悲しすぎる。

 兄弟のいない桃李は、可愛い弟分や妹分と遊びたかったのに。

 傷ついた彼はなるべく自分を優しそうに見せたいと思い、自分を『俺』ではなく『僕』と言うように心がけて、言葉遣いにも気をつけることにした。


 そして、中学生になる。意外と成績が良かった桃李は、高校受験の学科試験でいい結果を出したのだが、面接に行くとことごとく落とされるという屈辱を味わった。「桃李はとても優しい子なのに」と親と祖父母を悲しませてしまい、彼は辛さに泣いた。

 

 少し離れた高校になんとか滑り込んだ桃李は、そこでも勉学に勤しんでいい成績を取ったのだが、やはり大学受験の面接で落とされまくって親を泣かせた。

 結局、希望していないが面接のない大学に進学した。


 就職の面接でも……以下同文の結果になった。


 勉強にもスポーツ(個人種目に限る)にも真面目に取り組んできたトーリは、なにをやってもそこそこできる男になっていた。だが、怖い顔が全ての努力を無にしていた。


 仕事に就けなかった彼を心配した父親が、近所の町工場に頼み込んでくれて、あまり人目につかない仕事をさせてもらって数十年がすぎた。

 いつしか彼は『顔の怖い青年』から『顔の怖いおっさん』になった。リアルの友達はまだできない。

 色のついたメガネをしてマスクをすると若干恐ろしさが薄れるし、勤務態度が真面目で力仕事も率先してやったので、職場では比較的平穏に過ごすことができた。


 工場長は「君のような人材をこんな小さなところに埋もれさせておくのは惜しいな。良い人なのに、本当にもったいない話だ」と彼を気の毒がってくれた。

 その言葉を貰えただけで、桃李は認めてもらえた喜びでいっぱいになり、より一層熱心に働いた。

 工場は発展して大きくなり、桃李の給料も増えていた。


 対人関係が壊滅的な彼の趣味は、読書とネットゲームとソロキャンプだ。

 別人の姿になれるゲームの中では幸せだった。自分とは真逆な、優しげな外見のキャラクターをいそいそと作っては操り、現実から逃避して楽しんだ。


 オフ会? そんなものは彼の辞書には存在しない。

 合コン? 誰にも誘われたことなどない。

 

 恋愛にもまったく無関係で時間が過ぎた。恋愛のステージに立つことすらできない。というか、彼には女性と会話した経験がほとんどない。

 平凡な男子が可愛い女の子とイチャイチャするラノベを読んで「僕も平凡なモブ顔に生まれたかったです……」と涙を拭った。


 もうすぐ四十になるというある日、いつものように帽子をかぶってメガネとマスクをした桃李が駅のホームに立っていると、顔色の悪い女子高生が線路に落ちそうになるのが目に入った。

 反射的に手を伸ばしてひっぱると、タイミング悪くホームに満ちた人々が一斉に動き、彼はそこ反動で線路に落ちてしまった。

 そこに滑り込む電車。 


(ああ、生まれて初めて女の子の手を握った!)

(風間桃李、本望なり!)

(我が人生に悔いなし!)


 半端ない達成感が哀しい。

 そして、妙にテンションが上がった桃李の意識はブラックアウトした。




 

『酷い目に遭いましたね。救い出すのが遅れて、申し訳ありません』


 魂となった彼に、そんな言葉がかけられる。


(どちらさまですか?)

(ここはどこですか?)

(僕になにがあったのですか?)


 身体を失って不思議な空間に来た桃李の目の前に、美しい姿の女神が現れる。


『地球世界に巣食う怨念の塊のようなナニカがあなたの顔面に吸いついて、人生と顔を滅茶苦茶にしていたのです。時間がかかりましたが、ようやく調伏することができました」


(ピンポイントで顔面に? 怨念で顔が滅茶苦茶! 酷すぎる!)


『残念ながら、あなたの命が尽きてしまいましたので、もう一度、別の世界で今度こそ人生を楽しんでください。わたしの名はアメリアーナ、調和の女神です』


(アメリアーナ様とおっしゃるので……)


『不幸だった人生に別れを告げ、新たな人生に調和を。わたしを信じるのですよ』


(いや待って、もう少し説明を!)


 そして、彼の意識はもう一度、今度はホワイトアウトしたのだった。







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