TSエースパイロットの憂うつ
蒼色ノ狐
TSエースパイロットの憂うつ
深い闇のような宇宙。
そこにひっそりと潜むように、異形の者たちがデブリの中に隠れていた。
キキキ
ガガガ
とても生物から出たとは思えない音を出しながら、まるで会話をしているかのようであった。
だが、それも長くは続かなかった。
一条の光が異形の内の一体を貫いたのである。
異形の者たちが光が来た方向を見てみると、そこには人型をした大型ロボット三体が迫って来ていた。
キキキ!!
敵
そう判断した異形の者たちは、その三体のロボットたちを迎え撃つ。
「隊長! エイリアンの奴らやる気みたいだぜ」
三体の内の一機から、ハスキーな女の声が聞こえてきた。
聞いただけで豪放磊落なイメージを感じさせるその声に答えるように、少女の声が響き渡る。
「ルプス2、分かっている。ルプス3も準備はいいな」
「は、はい!」
「緊張するなってルプス3。いざとなったら隊長が助けてくれるさ!」
「無駄話はそこまでだ。ルプス隊……突撃!!」
こうして、異形の者たちと三機のロボットとの戦闘が始まった。
異形の者たちは五体。
数的には不利であったが、三機のロボットたちは奮戦した。
ガガガ!!
「遅い!」
特に隊長と呼ばれた人物が操るロボットの働きは目覚ましいものがあった。
瞬く間に異形の者が一つ、また一つと両断されたり撃ちぬかれたりしている。
「この! この!」
キキキ
だがルプス3と呼ばれた人物は苦戦しているようで、先ほどから異形が繰り出す触手に翻弄されている。
「あ!」
そうしている内に武器を触手に奪われ絶体絶命な状況になってしまう。
キキキ!!
「っ!?」
ルプス3が死を覚悟した、その瞬間であった。
キキキ!?
纏わりついていいた異形の頭が、光によって撃ちぬかれたのである。
ルプス3が光が来た方向を見れば、そこにはライフルを構えている隊長機の姿があった。
「た、隊長」
「……大丈夫か?」
「は、はい!」
そんな会話をしている内に、逃げていた異形を追いかけていたルプス2が合流する。
「隊長! エイリアンの掃討完了したぜ!」
「よし。各機母艦に帰還する」
ルプス2とルプス3、二機を連れ立って隊長と呼ばれた少女は船へと戻る道を行く。
「……ハァ」
だと言うのに、隊長の口から出てくるのは深いため息であった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――三〇××年
それは人類が本格的に宇宙に進出してから何十年も経った年でもあり、敵であるエイリアンとの戦いが始まってからも何十年経った年でもある。
人類はエイリアンと戦いために人型機動兵器を開発、当初は圧倒的不利であった戦局を互角まで戻した。
……しかし、この兵器には致命的な欠点を抱えていたのである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「隊長、お疲れさん! 流石はエース!」
「そう言いながら胸を揉もうとするんじゃない、ロダン」
母艦に帰還し、ロボットを降りるなりルプス2ことロダンは隊長に近づいてセクハラしようとする。
鬱陶しそうに隊長がロダンを追い払っていると、もう一機のロボットから大人しそうな女性が出てくる。
「隊長……」
「? どうした、ユノ?」
ユノと呼ばれた女性は申し訳そうな顔をすると、隊長に向かって頭を下げる。
「こ、今回はスミマセンでした!」
「ああ」
無重力の中で回るユノの肩を、隊長は優しく手を置く。
「気にするな。ユノはまだ経験が少ない。それをカバーするのも隊長の務めさ」
「! あ、ありがとうございます!」
「うんうん。女同士の美しい何たらってやつだねぇ」
ロダンが茶化すようにそう言うと、さっきとは打って変わって隊長は不機嫌そうな顔をする。
「ロダン……お前なぁ」
「お~怖。さっさと受け入れちまえば楽になるのに」
「怒るぞ」
そう隊長が冷たく言い放つと、ロダンは手を上げて降参の意思を示す。
そのまましばらく膠着状態が続いたが、そこに割って入るように一人の男がやってくる。
「少尉、お取込み中すみません。艦長がお呼びですので、至急ブリッジへ」
「……分かった」
男の言葉を聞くや否や、先ほどまでとは比較にならないほど不満げな表情で承諾する隊長。
嫌々なのが背中から伝わる隊長を追って、ロダンとユノもブリッジへと向かうのであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……」
ブリッジへと向かうエレベーターの中で、無言になる隊長を心配そうに見つめながらユノはロダンに話しかける。
「あの、もしかして隊長って艦長と仲が悪いんですか?」
「ん~? ああそうか、ユノはこの艦に来て日が浅いから知らないか。……まあ行ったら分かるさ」
「??」
明確な答えを得られないまま、エレベーターはついにブリッジへと到着する。
扉が開かれる、その瞬間。
「ヒ・カ・リちゃ~ん!!」
「うお!?」
軍服を着こんだ女性が飛び込んできて隊長に抱きついてきた。
笑いながらその様子を見ているロダンと突然の事に驚きを隠せないユノを放置し、女性は隊長ことヒカリの頬に顔をこすりつけている。
「っ! アークライト艦長! 部下の前でそういう行為は止めて頂きたい!」
「え~! だってヒカリちゃん逃げるだもん」
ヒカリは遠回しに離れるよう言うが、艦長は退く気は全くないらしい。
それどころか段々と手を触手のようにウネウネさせながらヒカリへと迫る。
「あ~本当にいいわヒカリちゃん。その流れるような金髪も、その小柄な体型も、体型に似合わないその胸も。ほんと食べちゃいたいぐらい」
「っ!!!!」(ぞわぞわ)
艦長の冗談とは思えない言葉の数々に、恐怖を覚えるヒカリ。
だが、そこに割って入る勇士が一人。
「や、止めてくださいアークライト艦長! これ以上は軍紀に違反します!」
「ユノ……」
ヒカリを庇うように前に出るユニに対して、ロダンは思わず賞賛するように口笛を吹く。
「ふ~ん」
一方で邪魔をされた艦長は、じっくり観察するようにユノを見ると諦めたように距離を取る。
「はいはい。今回はここまでという事にしといてあげる。けど魅力的なヒカリちゃんも悪いのよ?」
「……好きでこんな体な訳じゃない」
不貞腐れたようにそう言うヒカリの言葉に、艦長は薄い笑みを浮かべる。
「あら? 今更それを言う? それを承知でパイロットになったのでしょう?」
「……」
「でもまあ、戸惑うのも分かるわよ。何せ男性から女性に変わらないといけないのだから」
そう、開発されたロボットは何の因果か女性しか操れなかったのである。
困り果てた政府は、男性パイロット候補生を女性化する事でこの問題を解決した。
基地に戻れば元の性別に戻れはするが、多くの男性パイロットは女性化したまま軍務を務めている。
故に、男性パイロットの中には戻るのを諦めて女性として生きる事を決めた者も多数いる。
何を隠そうヒカリの側にいるロダンも、その一人である。
ちなみに、ユノは最初から女性である。
「それを分かってて俺を猫かわいがりしないで欲しいものですね、艦長」
「だって本当に可愛いんだもの。いっそ女の子のままになればいいのに。私が養ってあげるわよ?」
「拒否します」
残念がる艦長であったが、何もこれが初めてではない。
このやり取りはすでに十を越えており、ブリッジ名物となりつつある。
「それよりも艦長。何かお話があるのでは?」
「う~ん。もうちょっとヒカリちゃんを可愛がりたかったけど、お仕事も大事だものね」
それからしばらく艦長と真面目な話をした後、三人はブリッジを去っていくのであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ハァ」
仕事も一段落し、ロダンやユノと別れてヒカリは自室へ戻る道を進んでいく。
ため息を吐いている原因は、勿論自分の体の事である。
「パイロットになる為とは言え、どうして女にならないといけないのか」
ヒカリ自身から見ても、この身体は美少女だと思う。
もしこれが他人であるならば、一目ぼれしてかもしれないほどに。
艦長との賭けに負けて可愛い服を着た時なんかは、本当にコレが自分なのかと信じられないぐらいであった。
(最近は段々女性の気持ちが分かるようになってきたし、危ないよな)
最初は指定のスカートを履くのも嫌がっていたが、今では違和感なく着ているという事実がヒカリの心にヒビを入れていく。
そして極めつけは、男の時でもカッコイイ男性に目が行く事があるのだ。
何せ今では女性でいる方が多い。
そうなって行くのも不自然ではないのが、ヒカリにとってはこの毎日がショックな出来事の日々である。
「これなら戦いづけの方が楽だよな」
この悩みも、戦いの最中は忘れられる。
男も女も関係なく、ただ生か死かの二つだけの世界の方がよっぽど楽だとヒカリは思っていた。
「あ、あの隊長」
「? ユノ?」
そこに声をかけて来たのは、さっき別れたはずのユノであった。
体をモジモジさせながらユノは何か言いずらそうにしていた。
「どうした? 言いにくい事ならどこか……」
「た、隊長は男性ですよね?」
「? 何を当たり前な事を」
ヒカリがそう答えると、ユノは嬉しそうな顔をしながらヒカリの手を握る。
「そ、そうですよね! 隊長は心から女性になったりしませんよね!」
「……」
本当に嬉しそうなユノの様子を見て、ある考えにたどり着くヒカリ。
だがその答えを聞く前に、ユノは礼を言って去ってしまう。
「……男、か」
実際のところ、ヒカリの心は揺れ動いている。
男性である自分と、女性である自分。
既にどちらが本当の自分か分からない次元にヒカリはいた。
「……ハァ」
半日何度目か分からないため息を吐きながら、ヒカリは今日も思い悩むのであった。
—―TSエースパイロットの憂うつは、今日も続く。
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