ようこそ超民主主義の教室へ!

左内

第1話 テロリスト襲来

 春。

 世間ではエイプリルフールだの進級だの席替えだので浮かれる季節だが――

 俺たち二年A組には一切関係がない!


 バン! と黒板をぶっ叩き、学級委員長が高らかに宣言する。


「それではホームルームを始めます!」

「オオオオオオオオッ!」


 教室に雄叫びの声が響き渡る。

 見回すと読書女子もオタク男子もギャル女子も剣道部員も相撲男子も皆一斉に髪を振り乱しての大絶叫だ。


「フン、落ち着きのない奴らめ」


 熱に浮かされた馬鹿どもの中で俺は一人鼻息をふかす。

 冷静なのが俺だけとは。同じ超民主主義の教室のメンバーとして恥ずかしい。猛省しろ未熟者どもが。


「今回の議案は、前回時間切れで終わらなかった武装清掃係の選出です」

「ウオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

「板橋健太郎くん。静かに」


 委員長に注意され、座る。

 やってしまった。


 今この場は神聖なホームルームを行う議場である。

 二年A組の生徒たち自らの手で取り仕切り自らについてを決定する。

 教師ですら軽々に立ち会うことは許されない。

 それほどに厳しく、そして重い。厳粛でなければならないのだ。


 それなのに俺の馬鹿。恥ずかしい。


「さて、まずは立候補を募りたいと思います。だれか武装清掃係を希望する人はいますか?」


 俺はすかさず手を上げた。

 俺をおいてほかに適任はいない。固い確信の上での挙手だった。

 だから委員長の言葉を聞いて俺は愕然とした


「では立候補は板橋くんと上野くん」


 なにい!?

 思わず振り返った先にそいつはいる。


 上野吾郎。薄金色に染めた髪が、嫌味なく似合っているイケメンだ。

 整った目鼻立ち、すらりとした手足。

 ゆったりと微笑を浮かべ頬杖なんぞをついている。


 その優雅な雰囲気はまるで某宮崎アニメの魔法使いハ○ルだ。さっさと溶けて崩れてしまえばいい。

 おおよそ武装清掃係には向かないようにも見えるが、噂では警察の特殊部隊隊長を父親に持つとかなんとか。


 それでも正直適性でいえば俺に遠く及ばない。

 とはいえこの教室の絶対の原則は多数決だ。


「キャー! 吾郎くーん! 頑張ってー!」


 すかさず頭の軽い女子どもが沸き立つ。

 委員長に制されてすぐに収まるが、さわさわとしたハイテンションの気配は未練のようにその場に残った。

 ああいう取り巻きがいる限り上野は俺の強敵として立ちはだかるのは間違いないだろう。


「ケンくん……」


 声をかけてきたのは隣の席の女子だった。

 つややかな黒のロングヘアと可愛らしい目鼻立ち。

 結城綾香。A組の名物美少女だ。

 俺の幼馴染でもある。

 俺は綾香の目の不安を読み取って無理に笑顔を浮かべた。


「大丈夫だ。俺は負けないよ」

「でも……」

「心配するな」


 言って、前を向く。

 ちょうど委員長がチョークで俺たちの名前を書きつけ終わったところだった。


「では多数決に入ります」


 途端に、ぴん、と教室の空気が張りつめた。


 そう、この瞬間だ。

 この多数決の一瞬間に、俺たち二年A組は文字通り全てを投じるのだ。


 大丈夫。俺は負けない。

 綾香に言った言葉を胸中に繰り返す。

 たとえ手が震えているのは自覚していても。

 それでも負けるわけにはいかないのだ。


「あのー。ちょっといいですか?」


 神聖な採決の場を乱したのはあのクソ野郎だった。


「なんですか上野くん。今は多数決に入るところですが」

「いえ、気にした方がいいことがあるんじゃないかなーと」

「それは多数決よりも、ですか?」

「はい」


 ざわ……っと場がどよめく。

 なぜなら誰も多数決よりも重要なことなど思い浮かばなかったからだ。

 たとえ日本が沈没して、かつ第三次世界大戦が起こって、かつ宇宙人が襲来したとしても、それでもこのクラスにとっては多数決が最優先なのだ。


 動揺するクラスメイトたちの中で、唯一歴戦の猛者、委員長だけが冷静だった。


「では、その重要事項とは?」

「テロリストが攻めてきました」

「なるほど」


 バァン! と音を立てて教室の戸が吹き飛んだ。


「静かにしろ! いいか、絶対に騒ぐんじゃないぞ!」


 覆面の男がそこにいた。

 コンパクトな小銃を見せつけるように抱えて、ドスたっぷりの怒声で踏み込んでくる。

 後ろ側の戸からももう一人教室内に入ってきた。


「よく聞け! この学校は俺たちが占拠した! 逆らえば殺す! そのつもりでいろ!」


 教室は静まり返った。

 外の小鳥の声がガラス越しに聞こえるくらい静かになった。

 ただし、ほんの数秒だけ。


「というわけで多数決の続きに入ります」

「アァ!?」


 あくまでホームルームを進めようとした委員長に男が怒声を上げる。


「お前、状況分かってんのか! 舐めてっとドタマに風穴ブチ開けんぞコラァ!」

「あなたこそ状況が分かっていますか?」

「なにっ……」


 委員長の、凍えるほどに冷たい声に、男は思わず息を飲んだようだ。

 そして見回して気づいた。

 教室に満ちる恐ろしいほどの量の殺気に。

 怒りに満ちた目の光に。

 三十名がめいめいに牙をむく。


「な、なんなんだこいつら……」

「わたしたちの採決を邪魔しないでください。さもなくば――」


 委員長がスッと指を、男の目に、眼球の奥に、脳に、その奥の男の人格に突き付ける。


「死にますよ」

「う、うわあああああああ!」


 それは反射に過ぎなかったんだろう。男は銃口を委員長の顔に向けようとした。

 そしてその前に首筋に剣道女子の木刀を受けて前にのめった。その顔を俺の固いつま先が蹴り上げる。

 それと同時に奪い取っていた小銃を背後に放ると、ミリオタ男子がそれを受け取って綺麗さっぱり分解してしまった。

 これでジ・エンド。


 振り向くと教室後方のテロリストも上野に足を引っかけられた上で、相撲部に転倒した背中を踏まれギャルのディープキスで口をふさがれて悲鳴も上げられずに気を失ったところだった。


「ぐ……なんなんだ、お前らは……」


 意識を失いそこね、うめき声を上げるテロリストの鳩尾を蹴り上げて今度こそ気絶させ、委員長はつんとあごを上げた。


「わたしたちの多数決を邪魔する者は誰であろうと許しません」


 そして黒板の前に戻り、


「それでは改めて多数決を。議案は引き続き武装掃除係の選出。それから――」


 もう一行チョークで付け足した。


「テロ対策についても決を採ります!」


 それが我ら超民主主義の教室と敵との戦いの始まりだった。

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