第32話
「何か、また、緊張してきた」
そわそわと、落ち着かない。
終点の駅に間もなく到着する。
車窓からは、高層ビル群や、密集する建物、多くの人々が行き交う華やいだ街の光景が、キラキラ輝いて見えた。
「大丈夫」
一樹さんが手をしっかりと握ってくれた。
ホームでは、鏡礼さんが、待っている。
『挨拶だけは、しっかりと‼』
何度も、橘内さんに言われた。
一樹さんのお父さんの時は失敗したけど、今度こそ、ちゃんとしないと。
そうこうするうち、ゆっくりと、ホームへと滑り込んでいく、流線形の車体。
停車してから、扉が開いて、一樹さん、流石に手を離すだろうと思ったけど、しっかりと手を繋いだまま、外に出た。
「あの、一樹さん!」
「別に恥ずかしい事をしている訳じゃない。堂々としてればいいよ」
それは、そうなんだけど。
忙しく行き交う大勢の人々。他人に無関心なのか、誰一人として、気に止める人はなく。
一樹さんの背中を見上げつつ、ちっちゃくなって付いていった。
「一樹さん」
人混みの中から現れたのは、一樹さんと同じぐらい、身長の高い男性。冷悧なその眼差しで僕を見下ろすも、表情を全く変えない。
「あ、あの、皆木ナオです。宜しくお願いします」
まずは、ちゃんと挨拶しないと。
「迎えの車、待たせてありますから」
くすっと、鼻で笑われた気がした。
僕の存在は、完全に、スルーされてる。
人の波をすり抜け、駅の外に出ると、黒のセダンと、タクシーが一台、縦列で路肩に停車してあった。
「そこの小さい人はタクシーで」
低く、冷めた声で、指示された。
「礼さん!ナオは、俺の大事な恋人。同等に扱って貰いたい」
一樹さんが、鏡さんに食って掛かろうとしたけど、橘内さんが止めた。
「ナオさんと、先に行きます」
服を引っ張られ、後部座席に押し込まれ、彼も、隣に乗り込んできた。
橘内さんがいるんだ。変なところに連れていかれる事はまずないだろうけど・・・。
急に不安になり、一樹さんの方を何度も見た。
ーーえっ⁉
走り出すタクシーの窓から見えたのは、彼に、頬を擦り寄せる鏡さんの姿。ここから見ると、キスしているかのよう。
鏡さんは、満面の笑みを浮かべ、まるで、僕に見せびらかすように、妖しく微笑んでいた。
僕には、表情一つ変えないのに。
「ナオさん」
橘内さんが、肩をポンポンと軽く叩いて、
「鏡は、帰国子女なんです。二十過ぎるまで海外を転々としていたんです。あれは、挨拶なので、あまり、気にしないように」
そう励ましてくれた。
でも、僕は、嫌だ。
彼に、近付いて欲しくない。
何もできない自分が、情けなくて、悔しくてーー
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