第25話

カラン、カラン


ドアを開けると、店内は、甘い匂いと、焼きたてのパンの香ばしい香りに包まれていた。


「おかえり、ナオ。昨日は、ごめんね、迎えに行けなくて」


「大丈夫。海斗が来てくれたから」


僕なんかの為に、店をわざわざ定休日にするわけにはいかない。

海斗と、一樹さんと、喫茶スペースにあるソファーに、並んで腰を下ろすと、おばさんが、飲み物を運んでくれた。


「僕がやるのに」


「いいのよ。今日一日くらい、ゆっくりしてなさい」


そう言うと、一樹さんの方に視線を向けた。


「今更、槙さんに言うべき事ではないけれど、ナオは、ナオです。もし、少しでも、早織さんの身代わりと考えているなら、今すぐ、別れて下さい」


「皆木さん⁉」


「海斗は、ずっと、ナオが好きで。小さい頃から、お嫁さんにする、そう言ってきたんです。だから、二人が、まぁ、そういう関係になっても仕方ないのかな、そう割り切っていたけど、まさか、貴方とも」


おばさんは全てお見通しだった。


「早織は、離婚届を置いて、家を出ていきました。もう、夫婦ではありません。彼女への愛情も、未練も一切ありません。槙家で、早織の面倒をみるのは、元嫁というのもありますが、あくまで、恋人になってくれたナオの姉としてです」


「信じていいのかしら⁉」


おばさんと、一樹さんが、暫くの間、目を合わせていた。お互い、視線を外さず、何を話す訳でもなく。

海斗も神妙な面持ちだった。

張り詰める重い空気。


「まぁ、いいんじゃないか、わしらがとやかく言うことではないよ。三人で、話し合って決め事だ。息子が、もう一人増えたと思えばいいだろう、なぁ、母さん」


沈黙を破ったのはおじさんだった。


「槙さん、海斗とナオの事、宜しくお願いします」


深々と頭を下げてくれた。


「いや、皆木さん」


一樹さんも、慌てて立ち上がって頭を下げた。


「絶対、二人を幸せにします」


「海斗は、まだ、子供で、手が掛かると思いますが、ナオと面倒を見てやってください」


おじさんの言葉に、海斗がぶすっとふてくされる。


「親父、何それ⁉」


「何じゃない、お前みたいな、甘ったれに、大事なナオを嫁になんかやれん」


「大事って・・・俺は⁉」


「お前は二の次」


「はぁ!?」


普段、口数の少ないおじさんが、そんな風に僕を思っていてくれたなんて・・・。おばさんも、僕の事を大切に思ってくれていた。


「おじさん、おばさんありがとう。僕が、こうしていれるのは、二人のお陰です。海斗の事、一樹さんの事、黙っていて、ごめんなさい」


立ち上がって、二人に頭を下げた。


「ナオ、今度は貴方が幸せになる番よ」


「おばさん」


「頑張るのよ」


うん、と頷くと急に涙が溢れてきた。


「やぁね、私まで、泣きたくなるじゃない」


いつの間にか、おばさんの目にも涙が溢れてて・・・

ぎゅっと力一杯優しく抱き締められた。


そう、あの時と同じように。


ーーおばさん、本当に、本当に、ありがとう。僕、二人と絶対幸せになるから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る