第50話

 それから男の子の手を繋いで、2人でしばらくあたりを探してみることにした。

 椋毘登には悪いが、流石にこの男の子をこのまま放っておくことはできない。


「この男の子のお父さん、いませんか?」


 稚沙は歩きながら、男の子の父親を呼んだり、宮の人に色々と聞いてまわったりもした。


 男の子の方も稚沙にならって「おっとう〜」と自身の父親を呼んでみたりもした。


(もしこのまま父親が見つからなければ、この子は捨て子にされてしまう...)


 女官の稚沙には、こうやって子供の父親を一緒に探してあげることしかできない。なので何とかして父親を見つけなければ。


 だが男の子もだんだんと弱気になりはじめてしまい、目元に少し涙を見せるようになってきた。


「おっと〜...」


「だ、大丈夫。お姉ちゃんがちゃんときみのお父さんを見つけてあげるから!」


 稚沙は男の子を必死ではげましながら、宮の中をひたすら歩いてまわる。


(どうしよう、ここは一旦椋毘登と合流して、彼にも協力してもらうしかないかな)


 だがそうなれば、恐らく今日の蛍を見に行く予定は駄目になってしまうだろう。

 だがそれも今回は致し方ない。それにきっと彼なら、今回の件は分かってくれるはずである。


 稚沙の脳裏にそんなことが過ったちょうどその時である。背後から彼女達に、誰かが声をかけてきた。


「あの、すみません」


 二人が思わずふり返えると、そこには見た目からして、およそ15、6歳ぐらい青年が立っていた。

 また身なりもそれなりに整っているので、そこそこ身分のありそうな人物である。


(あら、見たことない男の子ね)


「僕は中臣御食子なかとみ の みけこっていいます。実は向この方で何やら子供を探している男性を見かけまして...」


「その男性って、こう大柄な男性ですか?」


 稚沙は思わず手と体をどうじに動かして、男の子の父親の容姿を懸命に説明しようとする。


「はい、そうです」


(良かった、その男性がきっとこの子のお父さんだわ!)


「ありがとうございます!私もこの男の子のお父さんをちょうど探していたんです」


「やはり、そうでしたか。恐らくそうじゃないかと思ったんですよ」


 相手の青年はそれを聞いて、思わず笑みを浮かべる。彼は稚沙が思うに言葉づかいも丁寧そうで、わりと好感を持てる人物に思えた。


(椋毘登も、普段からこれぐらい愛想が良ければ...って今はそんなことを考えてる場合じゃない!)


「じゃあ私達は、急いでその人のところに行ってることにします」


「ぜひそうしてあげて下さい。その男の子もずっと不安がってたでしょうし」


「本当に助かりました。あ、私はここの女官の者で、名前は稚沙といいます。生まれは額田部ぬかたべの者です」


「そうですか、それならまたお会いする機会もあるかもしれませんね」


「本当ですね。では、私達はこれで失礼します!」


 稚沙はそういうと、軽くお辞儀をし、そして男の子を引き連れて、急いでその場を離れていってしまった。


 相手の青年はそんな稚沙達をただただぼーぜんと眺めていた。


「ふーん、あの女の子稚沙っていうんだ...」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る