第26話

2人は甘樫丘の頂上から、辺り一面を見渡してみる。厩戸皇子がここに来る前に話していたように、至るところで春花や山野草が盛んに生い茂っていた。


 そんな光景を見た稚沙もいたく感動し、1つ歌を詠んだ。


「三諸ろ、天香久山、我思ふ、咲きし山吹、いと美しき」


(聖なる天香久山を見て思う。そこに咲く山吹の花は、何と美しいことだろう)


「天香久山は飛鳥では重要な神域の山だ。そこに咲く花は、確かに何とも神秘的に見えるものだ」


「厩戸皇子は、本当に和歌だけで会話が出来そうですね」


 稚沙はそういって少しクスクスと笑った。和歌だけで人と会話をするなんて、なんとも素敵なことに思える。


 それから2人はしばらくの間辺りを見渡していると、稚沙が彼方に指をさして厩戸皇子にといかけた。


「皇子、溜め池も見えますね」 


「そうだね。ここら辺は水不足になりやすい。だからこの地でくらす人々は、この地域をより豊かな土地にしようと、日々頑張っている」


(そうか、池はここに住む人達の努力あってこそなのね。まだ完璧とはいかないまでも、それでも人々の今を生きようとしている姿が見てとれる)


 稚沙の腕の中にいる雪丸も、初めて見る景色に何やら興味があるらしく、少し身を乗り出して色々と眺めている様子だ。


「ところで少し話が変わるが、稚沙は少し前に椋毘登と一緒に歌垣に行っていたそうだね?」


「え!?厩戸皇子がどうしてそのことを!!」


 稚沙は突然に歌垣の話が出たため、思わずその場で声を上げた。その声には流石の雪丸も少し驚いたようで、とっさに袋の中に少し潜ってしまう。


「いや、私は蘇我の人から少し小耳に挟んだだけだ……もちろん他の人には話してはいからそこは安心したら良い」


「そ、そんな話が伝わっていたんですね」


 稚沙と椋毘登の関係は、一部の人達にしか知られていない。なのに蘇我から聞いたというのは、何とも意外だ。


「でも、椋毘登もその辺の話は他の人にはほとんど話してないはず……」


「まぁ、椋毘登は小祚おそ殿の息子だからね。それに馬子うまこ殿の護衛にも付いている。蘇我の人達も、彼の行動は多少なりとも気にはしているのだろう」


「はぁーそういうものなのですね」


「まぁ私的には、2人が歌垣に行ったという事実の方が、少し驚きもしたが……」


「ただ椋毘登は、和歌の方は苦手のようでした。それでも近くを色々と歩いて回れたりもして、私的はとても楽しめました!」


 稚沙はとても嬉しそうにして、厩戸皇子にそう話した。彼とは別の日にまた遠出したいと思う。


(次はどこに連れていってもらおうかな〜)


「うーんその様子だと、どうやら私が心配するようなことは無かったようだ」


 厩戸皇子が何を心配していたのか、稚沙はいまいち分からなかったが、とりあえずはこれで良しとすることにしよう。


「じゃ景色も見れたことだし、そろそろ飛鳥寺に戻ることにしよう」


「はい、そうですね。椋毘登も今ごろは寺に戻ってきてるかもしれませんし」


 こうしては稚沙と厩戸皇子は、それから急いで飛鳥寺に戻ることにした。

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