境部臣摩理勢
第15話
(ど、どうしよう。あの境部臣摩理勢だわ)
境部臣摩理勢は、蘇我一族内で蘇我馬子に次ぐ実力者だった。馬子の息子の蝦夷がまだ若い為、摩理勢の存在は蘇我一族内で今とても重要視されていた。
(でもこの人何か怖そうで、私ちょっと苦手なのよね)
稚沙は自身の立場と、相手が以前から苦手意識のあった人物ということもあり、ただただ椋毘登の後ろで息を潜めている。
「椋毘登、どうしたんだ?刀も持たずに。それにえらく地味な服装をしているな」
「いえ、これはちょっと訳ありで」
椋毘登も摩理勢からの指摘にいささか苦笑いしてしまう。まさか自身が女官の娘とお忍びで歌垣に参加していたとは、流石にいいずらい。
そんな状況の中、摩理勢と同じ馬に乗っていた息子の阿椰が、ふと気になって思わず口を開いた。
「ねえ、椋毘登の後ろに女の子がいるよ。誰だろう」
「馬鹿だな、椋毘登の女だろう」
隣の馬にのっていた兄の毛津は、好奇な目で彼女を見ながら、ケラケラと笑って答える。
「へー椋毘登ってこんな子が好みなの。これは意外だったな~」
阿椰はそういって、椋毘登の後ろに隠れそっと息を潜めている稚沙を、まじまじと眺めてくる。
「確かに、椋毘登だったらもっと良い相手がいくらでもいるだろうに。まさかこんな子供が相手だったなんてな」
「うーん、毛津の兄様が14歳だから……12、3歳って所?だとすると僕と同じぐらいになるよ!」
毛津と阿椰の兄弟は、そんな風にして彼女のことを面白おかしく蔑んでいる。
(ち、ちょっと待ってよ!私は年が変わって15になったのよ。あなた達よりも年上なんだから)
稚沙はこの2人の兄弟に対して、酷く腹をたてる。だが相手は子供とはいえ蘇我の者だ。ここで下手なことはよう出来ない。彼女はそのことがとても口惜しかった。
「ふぅー、別にどんな娘を連れていようと、そんなの俺の勝手だろ。余計なお世話だ」
一方の椋毘登は、稚沙がからかわれているにも関わらず、至って平然としている。あたかも自身は余り気にしていないといった素振りで。
「ところで、叔父上。どうしてあなたがこのような場所に?」
「あぁ、最近ここらで犯罪人の処刑が度々続いていた。そのため死者に対する、お祓いと浄めの取り決めをするためにな」
(蘇我馬子も恐ろしいところあるけど、この境部臣摩理勢って人も割と残忍な人って聞くわね……)
「まあ、我々蘇我は何かと問題が起こりやすいですからね」
椋毘登はさも平然とした調子で、摩理勢にそう話す。彼も蘇我の一族の者だ。最近蘇我であった犯罪ごとも、もしかしたら知っているのかもしれない。
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