「まさか歌垣がそういう場所だったなんて、全く思ってもみなかった」

　稚沙はこの状況に対して、だんだんと動揺をし始め、少し落ち着かない様子を見せる。というのも、彼女はこういった場面には、全く免疫がなかった。

　椋毘登はそんな様子の彼女を見るなり、酷く不敵な笑みを見せていった。

「てか、俺はお前がそういうことも含めて、今日の歌垣に誘ってきたと思っていたよ」

「へえ？」

　稚沙は余りのことに、思わず思考が停止する。まさか椋毘登がこんな発言をするとは思ってもみなかった。

　だが彼はそんな彼女の様子に構うことなく、そのまま歩み寄ってくる。そして彼女の肩に手を回すと、そのまま耳元で囁いた。

「俺は別に構わないぞ、他のやつら同様に、このまま人気のない所に行っても」

　だが稚沙の思考は、椋毘登のその一言で一気に目を覚ます。どうやら彼も、他の若者達と一緒のことをしようと考えているのだ。

(な、何をいって……)

　次の瞬間、稚沙はその場で感情のままに暴れ出した。

「い、いきなり、何をいうのよ！信じられないー！椋毘登のばか、ばか、ばかー！！！」

　彼女はそういって両手を拳にし、椋毘登を思いっきりバンバンと叩き出した。

　そして「嫌やー」だの、「最低ー！」だの燦々と拒否の言葉を思いつくかぎり、彼に浴びせていく。

　椋毘登も彼女がここまで大暴れするのは初めて目にする。そして彼女の叫び声はその場に大きく響き当たり、たくさんの人達の目にすることとなった。

　椋毘登も流石にこれは、止めさせなければと思わず叫んだ。

「おい稚沙、ちょっと落ち着けって。皆が見てるだろー！！」

　椋毘登にそういわれて、稚沙は思わずはっとした。いくら椋毘登の発言にひどく動揺したからといっても、ここは歌垣の場である。こんな所で大声で叫んでは、それこそ大迷惑である。

(私ったら、何てことを……)

　稚沙は我に返ると途端に静かになった。そして思わず俯いて「ご、ごめんなさい」と小さな声で誤った。

「まあ、俺も突然変なこといって悪かったよ」

　そういって椋毘登はやれやれといった感じで、その場に立ち上がった。

「とりあえずこの辺を少し散歩でもしてこよう。そうすれば、お前の気持ちもほぐれるだろうし」

　稚沙もこの状況では、彼に素直にしたがう他ない。というよりも、彼女も周りから向けらる目線に耐えられず、早くこの場から離れたいと思った。

「うん、分かった」

　稚沙も椋毘登にそういて、彼と同様にその場に立ち上がった。

　すると椋毘登は稚沙の手を握って「じゃあ、行こうか」といって、二人して一旦その場を離れることにした。

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