第10話

そして二人の食事が終わり、引き続き稚沙の特訓が続き、気付けば時間もだいぶ経っていた。そこで稚沙ちさは、最後は自分が手本となる歌を何首か詠んで、それで今日はお開きにしようかと考える。


 だがここに来て、彼女はふと変な違和感を感じる。1組、2組と、何故だか男女が一緒になってどこかへ行ってしまうからだ。


「ねえ、椋毘登くらひと。何故か男女が一緒になって、どこかに行ってそのまま姿を見せなくなるわ。近くで何かあるのかしら?」


「何をやるかって……お、お前、もしかして本当に何も知らないのか!?」


 椋毘登は酷く驚いた様子で彼女にそう話す。また普段わりと冷静な彼が動揺しており、顔も心なしか少し赤くなっていた。どうやら彼はこの状況の理由を知っているようだ。


「知らないって、歌の詠み合わせ意外にやることなんて、一体何があるのよ?」


 椋毘登はこの状況を全く理解していない彼女の様子に、酷く落胆した。そして思わず自身の手に顔にあてて、何やら考えこんでいる。


(うん?一体どうしたっていうのよ……)


「あのな、稚沙。歌垣ってのは単に歌の詠み合いをするだけの場所じゃないんだ。それに考えてもみろよ?ここには若い男女しかいない」


「まあ、確かにいわれてみればそうよね。でもそれは、若い男女だけの歌の詠み合いの場ってことじゃないの?」


 稚沙は今まで、歌垣に参加する若者達が皆嬉しそうにしているのを、度々見てきている。互いに歌を詠み合い、若者ならではの若い感性を磨く。そういった催しと彼女はこれまで考えていたのだ。


「いいや、違うな。歌の詠み合わせは建て前上のこと。皆それぞれが、自身の伴侶はんりょを探すのが本当の目的だ。中には夫婦でやってきて、互いにその場だけの戯れ相手を探す人達だっているよ」


「え、伴侶や戯れ相手って……」


 稚沙は椋毘登からとんでもない発言を聞いてしまい、頭の思考がぐるぐると回り出した。そして彼女が持っている数少ないその方面の知識を必死で集め出した。


「ちなみに消えていった男女がどこに行ったかっていったら、皆人気のない所に行って、今頃相手と目合まぐわってるんだろうよ」


 椋毘登は彼女に、平然としてそう告げた。彼の様子からして、こういった光景にもそれなりに慣れているのだろう。


 つまり男女が互いに体をさらけ出して、繋がっている最中とのこと。この時代の男女の性は、わりと開放的である。


 だが稚沙の方は、彼の話を聞いてかなりの衝撃を受ける。もちろん男女間でそういった行為があるのは何となく知っていた。だが今の彼女には、まだ現実味のない話だと思っていたのだ。


(だから古麻は、これまで私に歌垣の参加を勧めてこなかったんだ……)

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