第75話

ちょうについた稚沙ちさは、そこにいる男性に事情を説明し、木簡もっかんをそのまま渡した。


「あぁ、これだ、これ。今丁度必要だったから本当に助かるよ」


その男性はどうやら事情を知っていたようで、思わず安堵した。


「では、私はこれで失礼します」


稚沙がそう相手に話してから、その場を立ち去ろうとした時である。その男性がふと何かを思い出したようにして、彼女にいった。


「そういえば、近々糠手姫皇女ぬかでひめのひめみこがここに来られると聞いてるが、その辺の話し君は何か知ってるか?」


「え、糠手姫皇女……?」


稚沙は一体何のことだろうと思った。


(えぇ~と糠手姫皇女といったら、炊屋姫かしきやひめ様の夫だった、渟中倉太珠敷大王ぬなくらのふとたましきのおおきみと別の妃との間に生まれた皇女だったはず?)


何分大和の皇族は姫も含めると本当に多い。その為、稚沙も全てを完璧に把握出来ている訳ではない。


「いや~、急に小墾田宮おはりだのみやに来られると聞いて、何かあったのかちょっと気になってたんだよ」


通常皇女ともなれば、頻繁に外をであるくことは余りしない。もしかすると炊屋姫に何か話でもあるのだろうか。


「そうなんですか。ただあいにく私は何も知らないもので……」


「そうか、君は炊屋姫様とも会う機会が多いだろうから、何か知ってるかと思ったんだ。まぁ、知らないならそれで構わないよ。何か悪いね、無理に引き留めてしまって」


「いえいえ、お役に立てずで済みません」


こうして彼女はその男性に挨拶をして、その場を離れることにした。


(でも、本当にどうして糠手姫皇女が、急に小墾田宮に来ることになったんだろう?この手の話なら、古麻こま辺りでも聞いたら分かるかも。

目上の女官の人に聞いたら、そんなことも知らなかったのか!とかいわれて怒られそうだし……)


その後稚沙は、仕事の合間を見て古麻の元を訪ねてみることにした。

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