第72話

「ところで椋毘登くらひとは、私を送ったあとは斑鳩宮いかるがのみやに行くのよね?」


「あぁ、そうだ。今回は叔父上や蝦夷えみしの都合が悪かったんでね。まぁ、そこまで重要な内容ではないのと、厩戸皇子うまやどのみこもたまには俺とゆっくり話がしたいそうだ」


稚沙はそれを聞いて、厩戸皇子が椋毘登に興味を持っていることが、少し意外に思えた。


「厩戸皇子が、椋毘登に興味を持つなんて、本当に意外だわ」


皇子は元々敵味方に関係なく、相手が誰であろうと、対等に接してくれる。


だがそんな彼が、まだ位も持ってない彼にどうしてそこまで興味を抱くのだろうか。


(今度厩戸皇子に聞いてみようかしら……)


椋毘登は、急に厩戸皇子のことを考え出したであろ稚沙を見て、ふと口にした。


「まぁ、お前は厩戸皇子が好きだったもんな。でもお前もそれなりに皇子に気にかけて貰えてるんじゃないのか?」


それを聞いた稚沙は、少し部が悪くなってしまい、思わず黙り込んでしまった。


「あぁ、悪い。お前の前で厩戸皇子の話は変に出すべきじゃなかったな」


そういって彼は、少しため息をついた。


どうやら彼的には、稚沙が前回厩戸皇子と一緒に星が見れなかったことを、今でも気にしてると思ってるのだろう。


「いえ、そうじゃなくて……そのことなんだけど」


「うん、なんだ?」


稚沙はこのことを椋毘登に話すべきかと、少し迷った。

だが最近の彼は割りと自分に優しく接してくれる。であれば話してみても良いかもしれない。


「実は私ね、厩戸皇子のことは諦めることにしたの」


彼女は少し小さい声でそれだけ彼に話した。


「はぁ、諦めた!?」


椋毘登もこれはちょっと意外に思えたようで、その場で思わず声を上げて叫んだ。


稚沙はそんな様子の椋毘登を見て、さらにいいにくそうにしながら彼に話す。


「やっぱり、いつまでも実りのない恋を続けるのも虚しいし、厩戸皇子にもこれ以上迷惑をかけたくない。

それに1日も早く立派な女官に、私もなりたいから」


彼女にとって立派な女官になるのは、恋とは別に大事な目標だ。この際、しばらくは仕事に打ち込むのも悪くはないと思う。


「うーん、まぁ、お前らしい気もするが。でもそれじゃ、生涯ずっと独身のまま女官を続けるつもりなのか?」


(え、一生独身のまま?)


「え、えぇーと。さすがに一生独身って訳にも。時期がくればどこかの人の元に嫁ぎたいとは思ってる……それに女官は別に独身じゃなくても続けられるし」


稚沙も仮にも豪族の娘である。そのためずっと独身のままという訳にはいかないだろう。


そんなことになれば、彼女の親もさぞ心配するはずだ。


「でも、お前を嫁に貰いたいなんて男、この先現れるのか?」


椋毘登のその発言を聞いて、稚沙もさすがに腹を立てる。


「し、失礼ねー!!これでも私、平群の額田筋の娘よ。いざとなれば親がどこからか見つけてくれるはずだわ!

ただ女官として一人前になるのは前々からの夢だったから……」


(何で、椋毘登に嫁ぎ先の心配をされないといけないのよ!)


ただ彼女の場合、異性から好意を持たれたことがないのも事実だ。それなら相手は、やはり親の決めた相手になるのだろうか。


稚沙は椋毘登の言葉に、しどろもどろして、その後すっかり落ち込んでしまった。

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