第57話

「やっぱり、こういう場って本当に忙しい……」


小墾田宮おはりだのみやの女官である稚沙ちさも、今日は裴世清はいせいせい達客人の、宴の手伝いに回されていた。


とはいっても、直接客人の接待をする訳ではなく、あくまで配膳関係の手伝いのみである。


食事の出し終わりが終わると、それを片付けながら、お酒とつまみを持っていく。


元々仕事で失敗の多い彼女だけに、些細なことで失敗しないよう、割と慎重に仕事をこなしていた。


そんな時である。彼女がお酒の入った土器を持って移動していると、急に目の前に人が現れた。


「よぉ!稚沙じゃないか!」


稚沙は急に人が現れたため、危うくお酒の入った土器を落としそうになった。


(ま、まずい!!)


彼女は慌てて土器を両手でしっかりと持ち直し、何とかお酒を落とさずにすんだ。


「一体誰が……って、あなた蝦夷えみし!」


稚沙の前に立っていたのは、あの蘇我馬子そがのうまこの息子である蝦夷だった。


「いや、急に出てきて悪い。なにぶん稚沙の姿を見かけたから、ちょっと話しかけようと思って」


蝦夷はニコニコしながら彼女にそう答える。やはり彼はとても人懐っこい人のようだ。


(でも、相手が蝦夷で良かったわ。 もしもっと気難しい人だったら、どんなお叱りを受けるか分かったもんじゃない……)


「蝦夷、どうもご無沙汰ね。それに相変わらずとても元気そうだわ」


「あぁ、俺も稚沙とはまた会いたいと思っていた。ただ今日は俺も客人の相手で忙しくて。そんな矢先にお前が目の前に現れたんで、慌ててやってきたんだ」


それを聞いた稚沙は思わず目を丸くした。彼は蘇我馬子の息子なので、客人の対応を任されるのは、いように想像がつく。


でもだからといって、自分を見つけて会いにきてくれたのは、ちょっと意外に思えた。


「でもそれなら、早く客人の元に戻らないと駄目なんじゃない?私に会いに来てくれたのは、嬉しいけど……」


ふとその時、彼女の脳裏には椋毘登くらひとのことが浮かんだ。

彼は自分と蝦夷が仲良くすることを良く思っていない。


(でも会話ぐらいは良いといっていたし、それに蝦夷の方から話かけて来たんだもの。今回は仕方ないわね)


「そうなんだよ!俺ももう少し稚沙と話がしたかったんだが、今回はどうしようもない……」


彼はそういうと、とても残念そうな態度を稚沙に見せる。


( 蝦夷って本当に面白い人よね。そんなあからさまに残念がらなくても良いのに)


だがそんな彼の態度がどうも可笑しくなってしまい、稚沙は思わずクスクスと笑い出してしまった。


「蝦夷、本当にごめんなさい。今度また小墾田宮に来られた際にお話しましょう」


彼女は笑顔で蝦夷にそういった。

ここまで自分に会えたことを喜んでくれているのだ、それぐらいは問題ないだろう。


「それは本当か!じゃあ次回小墾田宮を訪れた際に、稚沙の元に寄ることにするよ!」


蝦夷はとても嬉しそうにしながら、そう彼女に答えた。


だが、そうこうしていると「蝦夷殿ー!」と誰かが彼を呼ぶ声がする。

どうやら宮人が彼を探しにきたようだ。


「あぁ、ここにいる。ったく、仕方ないな。じゃあ稚沙また!」


彼はそういって、そのまま彼を呼びにきた者の所へと戻っていった。



そんな彼を見送ったのち「さて、私も仕事に戻らないと!」といって彼女もその場を離れていった。

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