桜見物と忍坂姫の乙女心

第45話

翌日の朝、磐余稚桜宮いわれのわかざくらのみやは慌ただしく動いていた。

近くの山に桜を見に行くのだが、その際一緒に簡単な食事とお酒も持って行くようで、宮の使用人達は忙しく働いていた。


忍坂姫おしさかのひめ市辺皇子いちのへのおうじと一緒にそんな光景を呆然と見ていた。


「ねぇ、忍坂姫。なんか皆忙しそうだね」


市辺皇子は忍坂姫の横に座っていた。朝の食事は既に済ませており、準備も終わっている。なので後は出発を待つだけとなっていた。

ちなみにこの2人は徒歩で向かう予定だ。


「仕方ないわ。皆私達の為に準備してくれてるんだから。それに今日は大王も来られるし」


市辺皇子は「ふーん」と聞いていた。彼的には早く向かいたいみたいで、足をぶらぶらさせていた。


「じゃあ、阿佐津姫あさつひめも来るのかな~」


忍坂姫は始めて聞く名前だった。もしかすると、大王の家族か親戚のうちの誰かなのだろうか。


「市辺皇子、阿佐津姫って誰の事?」


忍坂姫は市辺皇子に聞いた。


「あぁ、大王の子供だよ。僕よりも小さいよ」


それを聞いて忍坂姫は思い出した。確か瑞歯別大王みずはわけのおおきみには4歳になる女の子がいると、以前雄朝津間皇子おあさづまのおうじが言っていた。4歳なら市辺皇子よりも確かに小さい。

父親同士が兄弟なので、市辺皇子から見たら阿佐津姫は従姉妹になるはずだ。


「へぇーそうなの。ねぇ、市辺皇子。その阿佐津姫ってどんな女の子なの。可愛い?」


忍坂姫は気になって聞いてみた。大王の妃はとても綺麗な女性と昔親から聞いていた。そして大王もとても凛々しい方との事。なのでその姫もさぞ可愛い姫なのだろう。


「何か凄い生意気だよ。そのくせ大人には凄い甘えん坊で。僕はあんまり好きじゃない」


そう言って市辺皇子はムスッとした。

いくら親戚と言えど、男の子と女の子では少々打ち解けにくい事もあるのだろう。

それに市辺皇子は既に親を失くしている。もしかすると、そこら辺も関係してくるのかもしれない。


(もしかして、市辺皇子が大王夫婦の元に行きたがらなかったのも、阿佐津姫の事があったからなのかしら。何分繊細な問題ね)


市辺皇子はそう言うと、忍坂姫の膝の上に寝そべってきた。

そんな市辺皇子が可愛いなと思って見ていると、伊代乃いよのが彼女達の元にやって来た。


「すみません。忍坂姫に市辺皇子。もう少しで準備が終わりますので」


どうやら出発が近くなったので、自分達に声を掛けに来たんだろう。

伊代乃は忍坂姫の付き添いと言う事で、今日は同行する事になっている。


「えぇ、分かったわ。そう言えば大王達はもう来られたの?」


きっと大王達は馬でここまで来るはずだから、桜の側まではそのまま馬で行くのだろうか。


「瑞歯別大王達はこの宮には寄らず、直接行かれるそうです。なのでもしかすると既に到着されてるかもしれませんね。雄朝津間皇子達は一足先に馬で向かわれてますし」



先程から雄朝津間皇子の姿は全く見当たらなかった。彼がいなかったのはそのためだったようだ。


「じゃあ、そろそろ私達も出発になるのね」


忍坂姫は、自分の膝の上に寝そべってる市辺皇子を起こした。

皇子は忍坂姫の膝の上が気持ち良かったのか、ちょっとウトウトし出していた。


「市辺皇子、もうすぐ出発だから寝ないで」


忍坂姫にそう言われて、市辺皇子は必死で眠気を追いやった。



こうして、忍坂姫達も瑞歯別大王や雄朝津間皇子達のいる場所へと向かった。

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