第41話

翌日、忍坂姫おしさかのひめは何かする訳でもなくただただ宮の外を眺めていた。

昨日散々泣いたからか、目が少し腫れていた。

朝方に伊代乃いよのからどうしたのかと聞かれ、目が少し痒かったと言い、適当に誤魔化した。


「流石に、皇子に対してあんなふうに言うのは、ちょっとまずかったわね」


昨日の雄朝津間皇子おあさづまのおうじの自分に対しての態度が余りに許せず、かなり怒鳴ってしまった。


「でも皇子だって婚姻は全くする気ないとか言ったくせに、手を出そうとしてきたのよ。そんなの卑怯よ!」


昨日不意に一瞬唇を塞がれて、何が何だか分からなくなってしまった。彼にしてみれば挨拶程度の事だったのかも知れないが、忍坂姫にとっては初めての事だった。


(あぁ思い出すだけでも嫌になってくる。せめて夫となる人か恋人と言った、ちゃんとした人としたかった……)


忍坂姫はそんなふうに考えていた。


ちなみに雄朝津間皇子は今日から2日間、遠方に偵察との事で宮を留守にしている。

今は正直彼と顔を合わせたくなかったので、彼女的にはホッとしている。


市辺皇子いちのへのおうじは使用人の女と少し散歩に行っているようだ。

彼が戻ってきたら軽く柑橘の菓子でも食べようかとも考えていた。



また季節も春間近になり、あと数日で桜の花が全開に咲くだろう。

彼女が以前に住んでいた息長おきながでも、春になると綺麗な桜がたくさん咲いていた。


彼女はそんな桜の木の下で春の訪れを思って舞をよく舞っていた。


「この宮に来てから舞はしてなかったわね。桜が咲いたらやってみようかしら」


忍坂姫がそんな事を考えている丁度その時、この宮の使用人である伊代乃が彼女の元にやって来た。


「忍坂姫様、ちょっと宜しいでしょうか」


「伊代乃、どうかしたの?」


彼女は伊代乃に呼ばれて返事をした。


伊代乃は忍坂姫の側まで寄ってきた。何か急な用事でも出来たのだろうか。


「それがですね。3日後に急に大王がこちらに来られる事になりました。

この辺りは毎年桜が綺麗に咲くので、見に来られるんだそうです」


それを聞いた忍坂姫はとても驚いた。元々この宮での滞在を勧めてきたのは、今の大王である瑞歯別大王みずはわけのおおきみだった。また彼女は何分息長で長く暮らしていた為、大王にはまだ会った事が無かった。


「まぁ、大王がいらっしゃるの。私まだ今の大王には会った事がないわ。雄朝津間皇子も今留守だし、大丈夫かしら?まぁ3日後なら、一応雄朝津間皇子も戻られてるでしょうけど」


忍坂姫は、急な大王の訪問と言う事で、その対応がちゃんと出来るのか少し心配になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る