第32話

伊莒弗いこふつは彼女への挨拶が終わると、それから急に気難しい顔をして彼らに言った。


「実は皇子、今回かなり大変な事になってしまいました」


「うん、大変な事?」


雄朝津間皇子おあさづまのおうじは一体何だろうと、不思議そうにして彼に聞いた。


「今日の朝、武器倉庫の中に入ったのですが、なんと七支刀しちしとうがその場から消えておりました」


それを聞いた雄朝津間皇子は、思わずその場で叫んだ。


「な、何だって!!」


忍坂姫はそんな驚いた雄朝津間皇子を横で見て、一体何事だろうと思った。


(消えたと言う事は、何者かに盗まれたと言う事かしら)


その後雄朝津間皇子達から聞いた話しで、七支刀は鉄で造られた剣で、隣の半島にある百済くだらの王から大和の大王に贈られたとても貴重な物なのだそうだ。

そんな貴重な剣がどうやら誰かに盗まれてしまったみたいだ。


これは本当にただ事ではなく、かなり大きな問題だ。

伊莒弗もこの件は直ちに大王にも伝えると話した。


「一体誰がこんな事を。そもそもあの倉庫に七支刀がある事自体知ってる人間はかなり限られる。

まぁ、そんな物があると知らずに盗みに入った奴がいたのかもしれないが」


その後の伊莒弗の話で、その倉庫はかなり厳重に管理されていたとの事。

それでも盗まれたとなれば、それは自分自身の責任だと彼は言った。


「とにかく、七支刀が近くに無いかここの者でくまなく探して見る事に致します」


伊莒弗自身もこの事で、かなり怒りを覚えているらしく、表情がかなり引きつっているように見えた。


(一体どうしたら、良いの……)


忍坂姫も余りの事に途方にくれていた。だがそんな貴重な剣がそのまま消えていたのだ。明らかに意図的に誰かが持ち出したとしか考えられない。


その後すぐに早馬が出され、大王にもすぐ話しがいったようだ。

大王も余りの事にかなり驚いたらしく、至急伊莒弗を自分の宮に呼ぶよう指示が出された。


その後忍坂姫達も神社内を必死で探したが、やはり七支刀は見つからなかった。


そしてその後、忍坂姫達は一旦磐余稚桜宮いわれのわかざくらのみやに戻る事にした。


忍坂姫は自分の部屋に戻るなり、どうしたものかと頭を悩ませていた。


(今日聞いた所によると、物部伊莒弗と言う人は、今の大王の妃の実の父親との事。

でも今回の件でかなり重い処分が下るかもしれない。

大王からしたら、義理の父親を処罰しないといけなくなるわ。あぁそんなのどうすれば良いのよ!)


忍坂姫は何ともやるせない思いでいっぱいだった。

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