第30話

「まぁ、何の言い訳にもならないけど、君がこの宮にいる間は控えるようにしているよ」


仮にも婚姻を勧められている姫がいる状態で、流石にそんな事はできないと思っていた。それにこの宮に仕えている人達の目もある。


「まぁそちらに関しては、私がとやかく言う事でもないので、お任せします」


忍坂姫おしさかのひめ的に、本音としては皇子に他の娘の所になんか通って欲しくはない。ただこの時代、そんな考えが通るはずもないと思っている。


(そう言えば、今の大王は妃1人をとても大切にされていて、他の娘には一切興味を持たないと言っていたわね。どうせならそんな人が良かったわ)


それから何とも言えない沈黙がその場を漂った。忍坂姫と雄朝津間皇子も仕方ないので、そのままもくもくと食事を続けた。


そして市辺皇子いちのへのおうじは食事を終えると、どうやら眠くなってきたらしく、忍坂姫の膝の上でスヤスヤと眠りだした。


(この皇子だけは、将来女性想いな人になって貰いたいものだわ……)


忍坂姫はそんな事を思いながら、皇子の頭を撫でてやった。


雄朝津間皇子おあさづまのおうじはそんな光景をとても微笑ましく見ていた。

彼女がこの先誰の元に嫁ぐのかは分からないが、きっと良い母親になるだろう。


そして食事を終えた雄朝津間皇子は「あ、そうだ!」と何か閃いたらしく、忍坂姫に話しかけた。


「実は明後日に、石上神宮いそのかみじんぐうに行こうと思っている」


石上神宮はこの宮からちょっと行った先にある神社で、そこの管轄は豪族物部がおこなっていた。

以前、先の大王である去来穂別大王いざほわけのおおきみがまだ皇子だった頃、弟の住吉仲皇子すみのえのなかつおうじの謀反から逃れる為に行った所でもある。


「石上神宮になんの用事があるんですか?」


忍坂姫はこの神社に行った事はないが、確かこの神社には武器の倉庫が設けられてる事だけは聞いていた。


「近々、隣の半島から色々と武器やら物資等が贈られてくるらしく、それを石上神宮に置こうと思っている」


皇子の話しによると、石上神宮がこの宮からとても近い為、雄朝津間皇子にその対応をして欲しいと大王から話しがあったとの事だった。


「まぁ、そうなんですね」


ただそんな話しを何故自分にするのか、忍坂姫はちょっと不思議に思った。


「君もこの宮に来て退屈しているだろうから、気分転換も兼ねて一緒に行かないかなと思ってね。多分色々と珍しい物も色々届くだろうから」


それを聞いた忍坂姫は目を輝かせた。向こうの半島から届く物を間近で色々見れるなんて滅多にない事だ。


「え、皇子本当に良いんですか!それは是非とも行きたいです」


そう言って忍坂姫はかなり嬉しそうにしていた。先程まで重たい空気が流れていたが、皇子のこの話しで彼女もすっかり機嫌を取り戻したようだ。


「じゃあ、そうするとしよう。君は俺の馬に一緒に乗って行ったら良いよ」


雄朝津間皇子も、彼女が機嫌を直してくれたようでほっとした。


「はい、分かりました!では明後日を楽しみにしています」


こうして2人は、明後日に石上神宮に向かう事になった。

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