第26話

「そっか、君が市辺皇子いちのへのおうじなのね」


忍坂姫おしさかのひめは思わず市辺皇子の頭を撫でてやった。すると皇子はとても嬉しそうにしていた。


「お姉ちゃんは、今何してるの?」


市辺皇子はとにかく彼女の事が気になって仕方ないようだ。


「お姉ちゃんはね、先日ここに来たばかりだから、ちょっとこの宮の中を歩いてみようと思ったの」


それを聞いた市辺皇子は、ふと思い付いたようにして彼女に言った。


「じゃあ、僕が宮の中を案内してあげる。僕ここの事色々知ってるんだ」


市辺皇子は凄い自慢げにして言った。


そんな皇子を見て、忍坂姫もこの子に任せてみようかと思った。


「分かったわ。じゃあ皇子にお願いしようかな」


それを聞いた市辺皇子は凄い目をキラキラさせた。

それから「じゃあ行こう!」と言って彼女の手を握って宮内を歩きだした。


忍坂姫と市辺皇子は、それから宮内をあちらこちらと歩いて回った。

その際に皇子は「あれは倉庫でね、あっちは色々な物が置いてあってね」と言った感じであれこれ説明してくれた。


(本当に可愛い皇子様ね。私も将来こんな男の子が欲しいな)


先の大王である、去来穂別大王いざほわけのおおきみやその妃である黒媛くろひめも、この皇子をとても可愛がっていたんだろうなと彼女は思った。

それなのにこんな可愛い皇子を残して死んでしまうとは、本当に運命は皮肉なものだと思った。





彼女が市辺皇子と歩いて回ってる丁度その時だった。

雄朝津間皇子おあさづまのおうじが村の見回りから戻って来ていた。


彼が宮に戻ると、偶然1人の使用人の女性が酷く慌てているのが目に入った。


「おい、一体どうしたんだ?」


雄朝津間皇子を見つけた使用人の女性は、慌てて皇子の元へとやって来た。


「雄朝津間皇子、それが私がちょっと目を離した隙に、市辺皇子がどこかに行ってしまわれまして……」


女は酷く怯えながら皇子に話した。もし市辺皇子が本当にいなくなったとなれば、それは大問題である。


「まぁ、あいつの事だから、どこかに隠れて遊んでるだけだと思うけど」


仕方ないので雄朝津間皇子も一緒に市辺皇子を探す事にした。


(ったく、本当にあいつはどこに行ったんだ)


雄朝津間皇子が必死で探していると、急に男の子の笑い声が聞こえて来た。


(何だ、やっぱりいるじゃないか)


雄朝津間皇子はその声のする方へ行ってみた。すると市辺皇子は忍坂姫と楽しくお喋りをしていた。

忍坂姫もどうやら皇子との対話を楽しんでいるようだった。


「おい、市辺。探したぞ」


忍坂姫はその声にハッとなり、声のする方へ目を向けた。

そこには雄朝津間皇子が立っていた。


「あ、叔父上だ」


市辺皇子は雄朝津間皇子に向けて、思わず手を振った。


(あれ、皇子宮に戻って来てたんだ)



「雄朝津間皇子、戻られてたんですね」


雄朝津間皇子は2人を見るなり、側に近づいてきた。市辺皇子も雄朝津間皇子が来たのでとても愉快そうに笑っていた。


「さっき向こうで、使用人の女が市辺皇子がいなくなったと騒いでいたよ」


それを聞いた忍坂姫は「しまった!」と思った。こんな小さい男の子がいなくなれば、周りが慌てるのは当たり前だ。


「ご、ごめんなさい!私ったらつい……」


市辺皇子は忍坂姫の手を握ったまま、どうしたの?って感じで彼女を見ていた。

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