第22話

すると忍坂姫おしさかのひめの目から涙がポロポロと流れて来た。

皇子にそう言われてしまい、自分は一体これからどうしたら良いのだろうか。


「わぁ、本当にごめん。君は何も知らなかったんだね」


そう言って、雄朝津間皇子おあさづまのおうじは忍坂姫の前まで慌ててやって来た。


だが彼のそんな態度にもだんだん腹が立ってきた。

自分や自分の親がどんな思いで、ここまでしてきたと思っているのか。


「分かりました、もう結構です。皇子がそこまで言うなら別に1ヶ月もここにいる必要はありません。このまま帰らせて頂きます!」


そう言って彼女がその場から立ち上がろうとした、丁度その時だった。


「ちょっと待ってくれ。実はこの話しにはまだ続きがあるんだ」


そう言って、雄朝津間皇子は忍坂姫を無理やり押し留めた。


「続きがある?一体それはどういうことですか」


忍坂姫は、思わず雄朝津間皇子を少し睨みつけて言った。


雄朝津間皇子はそんな彼女を見て、やれやれといった感じで、話しを続けた。


「実は大王からこの婚姻を断る条件として、1ヶ月間君と一緒に過ごし、それでも駄目だったら断っても良いと言われてるんだ」


どうやら大王は、雄朝津間皇子がこの婚姻を直ぐ断るだろう事を見越して、この手に出たのであろう。

雄朝津間皇子の気が変わる事を期待して。


(確かに1ヶ月も経ったら、何か変化が起こるかもしれない。だがそれでも何も変わらなければ、自分が本当に惨めだわ)


忍坂姫は何ともやりきれない思いになり、また涙が出てきた。


そんな彼女を見た雄朝津間皇子は、思わず彼女の目の涙をすくった。

その仕草がとても優しく思えて、忍坂姫は思わず胸がドキッとした。


そして皇子の顔を見ると、彼はとても優しい表情を自分に向けていた。


(そんな表情で見つめられたら、どうしたら良いのか分からなくなる。それに凄く胸が苦しい……)


彼が自分に対して恋愛感情を抱いてないのは良く分かった。だがその事がひどく悲しかった。


(あぁ、私雄朝津間皇子に惹かれてるんだ。だから自分に気持ちを向けて貰えない事が辛いのね。)


どのみち今の話しでは、このまま自分のいる宮に戻るのは何かとややこしそうだ。

であれば、この1ヶ月間で2人に何か変化が起こるよう頑張るしかないと思った。


「分かりました。ではこのまま1ヶ月の間、この宮に居させてもらう事にします」


それを聞いた雄朝津間皇子は、とりあえず忍坂姫が納得してくれた事に安心した。後は何事もなくこの1ヶ月を過ごすだけで良い。


「あぁ、君が納得してくれて本当に良かったよ。じゃあこの1ヶ月の間宜しくね」


そう言って彼女の頭を軽く撫でた。


「はい、こちらこそ。宜しくお願いします」


こうして雄朝津間皇子のいる宮で、忍坂姫は1ヶ月を過ごす事になった。

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