第35話

「では、ここでお待ち下さい。後ほど瑞歯別皇子みずはわけのおうじがここに来られます」


佐由良は、嵯多彦達を部屋の中で座らせてからそう話した。


「分かりました。わざわざ有り難うございます」


嵯多彦さたひこは愛想良く佐由良に応えた。


「では私はこれで失礼します」


佐由良はそう言うと、軽くお辞儀をして部屋を出ていった。



そうしてしばらく待っていると、瑞歯別皇子が数名の供と一緒にやって来た。


そして瑞歯別皇子は部屋に入ってくるなり、嵯多彦の前に来てドシッと座った。


(ふーん、こいつが例の瑞歯別皇子か。何とも凛々しい感じの皇子だな)


嵯多彦は、瑞歯別皇子を見てそう思った。


「ようこそ、葛城からおいで下さった。大王の弟の瑞歯別みずはわけのと申す」


瑞歯別皇子は姿勢を正して、嵯多彦達に挨拶をした。


「こちらこそ、今回は急な訪問で申し訳ない。葛城の嵯多彦と申します」


嵯多彦も皇子に続いて挨拶をした。


「そなたの名前は母から聞いた事がある。確か母の従兄弟にあたる方とか」


「はい、その通りです。まさか皇子が私の名前をご存じとは驚きました」


(磐之媛いわのひめが私の事を話していたのは、これは意外だったな)


「何でも、子供の時からとても仲良くしていたと聞いてます」


(そんな磐之媛を死においやったのは、お前の父親と吉備の黒日売だ。そうだ、これはちょっと探ってみるか)


ふと嵯多彦はある事を思い付いた。


「そう言えば、ここに案内して下さった女性がたいそう綺麗な方でしたな。名を佐由良と伺いました。何でも吉備から来た方とか」


「えぇ、そうです。1ヶ月程前からこの宮に仕えている娘です」


(なんで、あの娘の話しが出てくるんだ?)


瑞歯別皇子はふと不思議に思った。


「あれほど綺麗な娘を側に置いてるとは羨ましい限りですね。皇子の妃にとお考えですか」


「え、妃」


瑞歯別皇子は思いもよらない事を言われ、一瞬体が固まってしまった。


(うん、何んとも妙な反応だな?)


嵯多彦はさらに続けて言った。


「これは失礼。てっきりもうそう言う扱いの娘かと思ってしまったもので。でもあれだけの娘であれば、他の男もさぞ欲しがってるでしょうね」


(こいつ、一体何を言ってるんだ……)


皇子の供で来た男達もはすがに、驚きを隠せない。


瑞歯別皇子も何とも言えない苛立ちを覚えた。


「確かに私には妃はおりません。それは今慎重に考えている所です。あの娘に関しても、彼女はこの宮に仕えている者です。軽々しい事は言わないで頂きたい」


(何で俺があんな娘の為に、ここまで説明しないといけないだ……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る