第24話

第12話:初・体・験


「黄泉さん、これで良いですか?」

リヒトが問う。

「えぇ。今日から宜しくね」

黄泉が微笑みながら答える。

今日はリヒトの初出勤日である。

黄泉に色々教えて貰いながら、仕事をしていた。

制服をきっちり着こなしたリヒトは照れくさそうにはにかむ。

今、鏡で最終チェックを行っていた。

そんなリヒトを見て黄泉が話す。

「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。そんなに忙しくないと思うから。…リヒトには今日、接客をしてもらおうかしら。大丈夫?」

労いの言葉をかけながら、仕事の話をする。

「大丈夫ですよ!あ、でも一応どうしたら良いのか教えて頂けたら幸いです」

淡々とリヒトは答える。

お互い謙虚さが滲みでている。

「ありがとう、分かったわ。…まず、席へ誘導してお水などを置く。後は私が説明するから。それから料理を運んでくれたら嬉しいわ。」

サラッと説明しながら、黄泉はキッチンの掃除をしたり、道具の準備をしている。

「ありがとうございます!」

「いいえ。働いてくれるんだもの。これくらい、当たり前よ。」

黄泉が笑う。

リヒトも笑い、和やかな雰囲気が2人を包んだ。

「……黄泉さん、テーブルと床の掃除終わりました」

トーンの低い声が聞こえた。

月である。

黄泉やリヒトは少し驚いた様子で、月を見る。

何時も、泣き虫だが穏やかで、優しい月は普段怒る事は滅多にない。

と言うか、怒らない。

陽との喧嘩は別として。

だからこそ、今不機嫌な月が珍しかった。

「どっどうしたの?月」

黄泉が少しオロオロした様子で話しかける。

まぁ、普段の月を見ている人は大抵こうなるだろう。

現時点、黄泉は自分のせいで怒ったと思っている。

「お前ホントに面白ぇな、月ぃ。」

陽が口を開いた。

だから虐めたくなるんだよなぁ、とどこぞの虐めっ子のような発言をする。

「…何がだよ」

短く小さな声で、月が言う。

どこか不機嫌なような、原因がバレるのを怖がっているような、そんな声色だった。

「はぁ?自分で気づいてないわけ?いや、知ってるけど言わないだけか。お前の原因、当ててやろうか?」

陽はズンズンと月の方へ近づき、グッと顔を近づける。

そして、にやぁと嫌らしい笑みを浮かべる。

なので、月の顔の真ん前に陽の顔がある状態になってしまった。

月は逃げようこそしたが、後ろが壁で逃げられなかった。

顔を真っ青にして、嫌だと言う拒絶反応が書かれている。

「どーせ黄泉だろ?黄泉がリヒトと仲良くしてるから、嫉妬したんだろーな。自分は入れないから嫉妬したってわけか。ククッ笑える(笑)」

その瞬間、月の顔が耳まで赤くなった。

陽はパッと月から離れる。

反論しないことから、正解なのだろう。

「そうなの?月」

黄泉がキョトンとした顔で尋ねる。

「…ッ…違いますぅ……」

顔を赤くしながら、精一杯の反論を月はする。

しかし、それも肯定しているようになる。

リヒトは何と言ったらいいか、分からない感じである。

察しは良いので、大体の予想は着いている。

(…好きなんだろうなぁ…)

皆、しばらく黙っていた。

恥ずかしさのあまり、しゃがんで顔を隠す月。

月をからかうのに飽きて、暇そうにする陽。

どうしたらいいか分からず、とりあえず掃除しているリヒト。

そしてーーギュッ。

月は温かい感触に目を見開く。

しゃがみこむ月を黄泉が腕を回し体を包み込む。

ーー言わば、抱擁である。

リヒトと流石の陽も驚きを隠せていない。

そして、1番分かっていないのは月である。

(…えっ!!??…?)

完全にバグッている。

顔中が真っ赤に染まり、陽から

「茹で蛸じゃねーか」

と言われる始末だった。

約30秒後、黄泉は腕を離し、月を見つめる。

「ごめんなさい…気づいてなくて」

黄泉が少し顔を赤くしながら謝る。

「…なっななな何がですか…!?」

当の謝られている月は色んな事がありすぎて、フリーズしている。

(これは…?)

(ククッwwこれは面白い展開になりそうだ)

リヒトはまたも分からず立ち尽くし、陽は面白そうな気配を察知し、ニヤニヤして2人を見ている。

「…寂しかったのよね。少しの間だったけど、あんまり構ってあげられなかったから…気をつけるわ」

黄泉は月の事をペットか何かだと思っているのだろうか。

申し訳なさそうに黄泉が謝る。

「へっ…?え?…へ……」

フリーズしていた月は何で謝られているのか分からず、混乱状態。

そう言うことか、とリヒト。

ちえっなんだ、つまんねぇ、と陽。

「あっやっ…だ、大丈夫です…。そんな謝らないでください…」

混乱状態ながらも何とかオロオロしながら返事をした月。

ペタッと自分の頬に触れる。

まだ、火照っていて、熱があるように熱かった。

膝と手をつけ、正座に近い状態で座る月をリヒトは見ながらキッチンへ向かう。

沢山ある棚の中からタオルを取り出す。

蛇口を捻り、水でタオルを濡らした。

ギュッギュッと固く絞るとスタスタと月の方へ近づいた。

状況を整理している月の額にペトリとタオルを当てる。

ビクッとして顔を上げた月の前には中腰で座る(言わばヤンキー座り?)リヒトがいた。

リヒトの顔には大丈夫か?と言う心配の表情が浮かんでいた。

「だっ大丈夫。……ありがとう」

先程まで敵視していた相手に心配され、戸惑いの表情を浮かべた月。

しかし、元々根っからの優しい性格をしている月は、ずっとは怒らない。

そして、何で自分がああなっていた事を思い出したのか、落ち着きを取り戻していた。

やがて、ゆっくりと立ち上がる。

リヒトも立ち上がった。

「……黄泉さん、陽以外の皆さん、すみませんでした」

ぺこりと頭を下げて謝る。

「おいっ!月?俺以外ってどう言う事だ?俺もだろ!お・れ・も!」

ムキーッと陽が怒る。

「陽は何もしてないし、謝りたくもない。自分も何時も謝ってないだろ」

月に反論され、フンッとそっぽを向く陽。

バーカと言う事を忘れずに。

静かな沈黙が流れる。

「…僕、異性に抱擁されたの初めてかもしれません。…母さんを除いて」

ポツリと月が呟く。

「当たり前だろ、お前がされてたら逆に怖い。下手したら貞子より怖い」

陽が両手で腕を組み、ブルッと震えるポーズをする。

「何だよ、それっ!貞子よりリングより怖いし!」

2人の喧嘩が始まった。

「それ、自分でも肯定してるぞ…?」

リヒトが引きつった笑みを浮かべる。

そして、ギャーギャー言い合う2人をジッと見つめ、呟いた。

「俺は、母親と話した事もなかったなぁ」

その目は遠くを見ている。

寂しそうな悲しそうな、追憶の笑みだった。

誰も今の言葉を聞いていないだろう。

大事に、胸の奥にしまっておく。

もう、昔の殴られてばっかりいた俺じゃない。

今は人生の第2ラウンドだ。

折角自分の力で手に入れた新しい場所。

此処には、殴る奴も存在を消し、消された奴も殴られる奴もいない。

ーー大切に守ってくれた人もいない。

(ばあちゃん、俺、生きてるから。生きるから)

(前いた場所には少し、遠いけど。頑張って生きて、自分を見つける)

ギュッと拳を握り、決意する。

「リヒトも…しましょうか?」

いきなり声をかけられ、一瞬びっくりする。

「えっするって何を…?」

キョトンとするリヒト。

仕事か何かだろうか。

「何って…抱擁よ。呟いていたから、して欲しかったのかしらって」

「いや、別に俺は…」

断ろうとして、断末魔のような大きな声にかき消される。

「よっ黄泉さん!?アイツに…リヒトにしませんよね!?嫌です!しないで下さい!!」

何時もの、何時もの冷静な黄泉さんに戻って下さい〜!と一気にまくし立てる。

余りの焦りの声に心配どころか、固まってしまった黄泉達。

「ふふっ」「ギャハハ笑」「あはは!」

黄泉、陽、リヒト、3人いっせいに笑い出す。

「なっなんですか…僕、何か変な事言いましたか…?」

今度は月の方がオロオロし始めた。

「変な事しか言ってねーよ」

「ごめんなさい。あんな事なら何時でもしてあげるから」

「いや、言動が面白くて…ごめん」

陽は相変わらず悪い口調。

黄泉は無自覚爆弾発言。

リヒトは普通の反応。

「さぁもうすぐお客様が来るわ」

黄泉が空気を変えるように明るい声で話す。

賑やかで明るい空間の中に、ベルの音が鳴る。 ーーーーーーーカランカランーーーーーーー

お客様が入ってくる。

今日はどんな方が来るだろう。

4人は声を揃えて言った。

「「「「ようこそ、カフェ死神へ!」」」」

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