第18話


聞き慣れない外国語を聞いているようで、しばらくの間みっともなく放心状態だったに違いない。



「えっと……どうして……?」



かろうじて言えた言葉は夜の喧騒にかき消されそうな程か細いものになった。



でも刑事さんたちの耳にはしっかり聞こえたようで



「この際だからはっきり言います。片岡 陽菜紀さんは昨夜、



何者かによって殺害されました。鈍器による撲殺です。今朝がた出張先から帰ってきた彼女のご主人によって発見、通報があったのです」



ドンキ



ボクサツ



またも聞き慣れない不可解な暗号を耳にしているようだった。知って居る筈の単語がカタカナになって黒く染め上げられた脳内でいったりきたりしている。



そうだ……私、新卒ですぐにこの部署に配属されたけれど、専門的なこと何一つ分からなくて飛び交う専門用語を覚えるのに苦労したんだ……でも五年もなるとさすがに使いこなせるようになった。



今回もきっとそうよ。時間が経てば、慣れれば……



慣れ―――……れば――――?



「嘘………」



「嘘よ、そんなの………」



私はしばらくの間バカの一つ覚えのように『嘘』と言う単語を口にするしかできなかった。



「少しお話をお聞かせ願えませんか?時間は取らせません」



若い方の刑事さんが私の肩に手を置き、私はそれに頷いたのだろうか、気が付いたらそこは私が良く行くコーヒーショップの、いつも座る場所のテーブルだった。



セルフサービス式のコーヒーショップで、若い方の刑事さん……確か久保田さんと言ったか、が三人分のコーヒーを持って、それぞれの位置に並べた。



私はこのコーヒーショップのコーヒーが大好きで、特に淹れたてのコーヒーの香りは最高なのに、今は鼻が詰まったかのように何も感じない。ただ白い湯気をぼんやり見つめるしかできなかった。



コーヒーが届いて間を置かず、すかさず無精ひげの曽田刑事さんが



「単刀直入に聞きます。昨夜19時半~21時の間どちらに?」と聞いてきた。



「えっと……」



私は陽菜紀が死んだ、しかも殺された……と言う事実についていけず、たゆたう水草のような時系列の中、必死にもがきながら記憶を掘り起こした。



「昨日は……確か…陽菜紀と約束してたんです……定時に仕事を終えて、それで……約束が確か……19:30ぐらいだったかな……時間があるからコーヒーを……そう、コーヒーを……」



水草が私の手脚に絡まり浮上するのを阻止しようとしているように思えた。私の言葉は酷く頼りなげだった。



「コーヒーを?お店で?それともコンビニかどこかで?」と若い方の刑事、久保田さんに聞かれ



「……お店です……えっと…このお店で……コーヒーを一杯」



「何時頃ですか?そのときのレシートはお持ちですか」とまたも事務的に聞かれ



「あ……はい」と私はのろのろと財布を取り出した。



それは数年前に陽菜紀から誕生日プレゼントで貰ったもので、深い紺色のエナメル素材のものだ。お財布の中央に一粒、まるで星のようなスワロフスキーが乗っかっていて、シンプルだったけれど私はこの財布をプレゼントされてから凄く気に入って使っている。



『絶対、灯理に似合うと思って』



と言われたのも覚えている。



陽菜紀―――……




陽菜紀はもう








居ない。




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