第11話


時計を確認してジャスト19:30。陽菜紀の住む高級マンションに到着してエントランスをくぐった。



電車で二駅離れている私のボロアパートに比べれば夢のような場所で、こんなハイソな場所で生活している陽菜紀を羨んだこともあった。



落ち着いた茶色の自動扉が開いて、電子キーロックナンバーのキーが並んだ玄関口で、一人の男性がキーを押しながら





「おーい、来たぞー、陽菜紀、開けろよ~」





と、声を掛けていた。そのキーロックで住人が中から開錠しないとガラスの自動扉が開かない仕組みだ。



こぎれいな玄関ホールにその声はとても心地よく響き、そしてどこか甘さを含ませたテノールだった。



一瞬聞き惚れていた、がぶるぶると頭を振る。



陽菜紀?って言った―――……?



陽菜紀の知り合い?



陽菜紀のご主人、じゃないことは確かだ。私は陽菜紀のご主人に二度程合っているが、彼はもっと背が高く着ているものももっと高級だった。



いっちゃ悪いが細身だったけれど背は平均的で、男性にしては少し滑らかなラインを描くなで肩。どこにでもいる背格好、スーツも量販店で買ったものだと一目で分かる。



今日は女子会って言ってたのに、先約があったの?



「陽菜紀ー?」



男性は私の存在に気づきもせず、キーパッドに向かって語りかけている。



「あの……」



私は思い切って声を掛けた。



男性が振り向き、精悍な眉の下きりりとした目をまばたかせた。



「はい?」



「あの、陽菜紀のお知り合いの方ですか…?今日お約束でも?



あ、私は陽菜紀の友人です。さっき彼女の名前を呼んでいたので、失礼ですが…」



と慌てて説明をして、でも最後の方は不審感がちょっとだけ滲み出た。



「陽菜紀のお友達……ですか?俺もあいつの友人みたいなもんで。



あ、すみません。僕、こうゆう者です」



と男性はスーツの胸ポケットから名刺ケースを取り出し、その中から一枚の名刺を取り出した。



それは全国に散らばっている有名なウォーターサーバーの会社で、営業所の下に




第一営業部 

鈴原 則都すずはら のりと





と書かれていた。



「スズハラ ノリト―――さん……?」



名前を読み上げても陽菜紀の友人かどうかは分からない。



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