第3話
思えばあれが私の初恋だった。
結局、ヤマダくんには気持ちを伝えることができなかった。小学校低学年のときバレンタインデーの際、勇気を振り絞って彼の家に行き、手作りのチョコクッキーを渡したかったけれどインターホンを押すことができず、私は“ヤマダくんへ”とただ一言だけ書いたメッセージカードとクッキーを置き去りにした。
その後、ヤマダくんがクッキーを食べてくれたのかどうか分からない。
それは砂糖菓子のように甘く、まるですぐに溶けてしまうような儚いものだった。
ヤマダくんとはその後クラスが別れて、しかし高学年になったときまた同じクラスになった。
そのときはもうヤマダくんのことを意識していなかったし、ヤマダくんの方も流石に当時同じクラスだった陽菜紀に意地悪するようなこともなくなった。
妙なよそよそしさは感じていたが、それは小学生が発する独特の雰囲気と言うのか。
その多感な年頃のある日、小学校五年生で林間学校が開かれた。泊まりがけで山奥まで出かけ、集団意識を高め団結力を得る、という趣旨のもの。
教師たちはこう考えてはいただろうが、私はただ、はじめて親ではない誰かと夜を共にすると思うだけでワクワクと心踊らせていた。
それはクラスの子がほとんど同じ気持ちだったに違いない。陽菜紀も例外ではなかった。
一日目の夜、私たちは夜10時の消灯時間が過ぎても照明を落とした中、遅くまでこそこそとお喋りに夢中だった。
そして陽菜紀。
「ねぇねぇ
と人懐っこい好未ちゃんに聞かれて、ふっと顔が浮かんだのは『ヤマダくん』だった。
けれど好きかどうか問われると、答えに窮する。それほどまでに彼に対する気持ちはあやふやになっていたのだ。
私が考え込んでいたからだろうか、好未ちゃんはすぐにターゲットを変えて
「陽菜紀ちゃんは?」と陽菜紀に聞いた。
「えー、同学年にはいない。だってみんな子供じゃん?」
と陽菜紀は鼻で笑った。
確かにこの頃の男子はバカばっかりやって、くだらないことで喧嘩して、先生に怒られて……子供だと言えば子供だ。けれど同じ子供の私が「子供」とは思えなかった。
「ひなちゃんおっとな~」と女の子たちがキャイキャイ。
女の子たちは陽菜紀の意見に頷いたり驚いたり忙しそうにしながら、私だけ取り残された気がして居心地が悪かったのを覚えている。
けれど
「灯理にはまだ早いよ。
灯理にはあたしが居るからそれでいいでしょ?」
そう言われて
「うん」
私は喜々として頷いた。
そのときは本当にそう思っていた。私には陽菜紀が居る。それだけで充分。
だって陽菜紀は今よりうんと小さい頃から私を大切にしてくれたんだから。
陽菜紀、ずっとずっと一緒だよ。
本気でそう思っていた。
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