第3話

「何を?」私は平静を装って取り澄ました。



もしかして“アイツ”と居る所を見られた?と思ってドキリとしたが



「この前の金曜日、青山のイタリアンレストランで、経理の前田さんと一緒にいるところぉ」



ああ、そっちか。とちょっとほっと安堵する。



「ええー!!」周りから黄色い声が飛ぶ。私は思わず頭を押さえたくなった。

 


そう、確かに経理の前田に誘われて先週の金曜に青山まで行った。



でも食事をしただけで、別に艶かしい関係ではない。だが、ここで重要なのが、経理の前田という男、この会社ではなかなかのハンサムでしかも独身、きさくな性格をしているわりには頼れる上司でもあるのだ。そうゆう男を若い女性社員が放っておくわけがない。



「いいなー、ねえお二人って付き合ってるんですか?」




食事をするイコール男女の関係と、どうして若い子たちはそう短絡的なのだろう。私はこの場から逃げ出したくなった。だけど、この場から立ち去ると認めたことになってしまう。



「別に、ただお食事に誘われただけよ」



「うそー、絶対前田さん仁科さんのこと狙ってるわよぅ。だって、あたしたちがいくら誘っても全然だったのよー。それなのに前田さんは仁科さんのこと」



嫉妬心と羨望の眼差しで見られ、私は思わず後ずさり。



何とか前田との話を切り返し、従業員出入り口から女子の群れに混ざって出てきた所だった。



遠くで派手なエンジン音が聞こえてきて、この狭い路地裏へと近づいてきた。この聞き慣れたエンジン音。私は嫌な予感がして思わず一方通行の標識を見つめた。



「よーう、仁科」黒のポルシェの窓から腕を出し、銜えタバコをしながら九条くじょうが手を振っている。



「やっぱり」



私は、今度こそ頭痛をこらえるように頭をしっかりと押さえた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る