第2話

ばたん、と大きな音。その音の前から彼の気配には気がついていたけれど、やっぱり他人が発した大きな音には一瞬身がすくむ。


「美紗。ここにいたのか。」


ゆっくりと、小さな足音が近づいてくる。そういえば今日彼は、革靴じゃなくてスニーカーを履いていた。動きやすそうでいいなぁと、自分の靴を見下ろした。


「......博樹。うん。夕陽を見てたの。」


夕方の高層ビルの屋上。割と強い風がふくけれど、夕方特有の空気と共に動く人々をみていると、何だか自分も無性にその中に入り込みたくなる。彼らの日常に溶け込むように。



ゆっくりと、振り返る。目を一瞬伏せて、ゆっくりと開く。


意味もなく伸ばした髪が風にたなびく。


逆光だと美人に見えるんだっけ、と誰かが言っていた嘘か本当かもわからないことを思い出して、太陽を背負ってみる。


博樹は100人いたら70人が振り返る容姿だ。私はそんなんじゃないけれど、お願いだから今この瞬間だけは、私と彼が紡ぐこの時間くらいは、私が綺麗に輝いて見える魔法が続くように祈った。


ヒートアイランド現象緩和、だっただろうか。そのために作られた庭園からは夕陽が綺麗に見える。私はこのビルが好きだった。


「オフィス、ここにしてよかったな。」


「うん。」


父が持っていたビルだ。ここはとても綺麗で、安全だ。私はこの場所が好きだ。私はこの場所だと安心する。私はこの場所で生きていくつもりだ、でもたぶん、博樹は違う。


「今からでもーー引き返すのは遅くない。美紗、美紗も...こんなことしても仕方ないって、わかってるんじゃないか?」


博樹はいつでも冷静だ。


そして私に対して素直で、正直だ。


彼はいつも正義でーーまばゆいヒトだ。さながら物語の主人公、ヒーローのようなひと。その強さが、彼の血の滲む努力の経験からくることも、知っている。


「やめないよーー博樹。私は絶対にやり遂げる。」


私の目をまっすぐ覗き込んだ博樹が、やれやれと言ったふうに肩をすくめる。


昔から彼がよくやる仕草だ。


優しい彼の、癖みたいなもの。


「じゃあどこまでも、ついていくよ。」


博樹が私に囁いた。


「一緒に堕ちてやる。」


どこまでも、一緒に。


2人で。






私が死ぬまでは。

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