第70話

もし嫌がられたら自分で持って帰って食べるつもりだったのだが、喜んでもらえて良かった。



そう思っていると、ふと武巳がこちらをじっと見つめていることに気付く。



「川上さんって……」



「?」



「ううん。何でもない。ありがとう」



ニカッと笑って誤魔化した武巳を、恵愛はもちろん不思議に思ったが、そんなことよりも、



「あの……また、一緒にご飯食べに来てもいい?」



楽しかったこの時間が終わりを迎えてしまうのが寂しくて、そう訊ねていた。



武巳は一瞬、驚いたように目を見開いた後、



「あぁ、いいぞ。次は何作ってくれるのか、楽しみにしてる」



またニカッと微笑みながら、頷いてくれた。



――また逃げ込める場所がある。



そう思うだけで、恵愛の心は十分すぎるほど軽くなった。



二人でキッチンの後片付けをした後、恵愛は帰る支度を、武巳は仕事へ出掛ける支度をして、



「本当に、家まで送らなくていいのか?」



「うん。たけみんはもう出勤しなきゃでしょ」



駅まで行く道の途中にある彼の職場の前で、恵愛は武巳に手を振る。



「じゃあね。泊めてくれて、どうもありがとう」



「あ、あぁ……」



心配そうな表情の武巳にくるりと背を向けて、恵愛は駅の方へと歩き出す。

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