第11話

 今日もただ、剣を振ってみる。


「打ち合う相手がいないと…振りがいがありませんわね…。」


 アーサーとも会えなくなった。師匠は基礎は教え込んだと言ってどこかに行ってしまった。

 言われたとおり基礎の訓練は毎日しているがやっぱり張り合いがない。アーサーの存在の大きさを思い知る。お父様は自身のお仕事で忙しいみたいだし…私が今、やれることと言えば魔法の探求に他ならない。


 今となっては大きくなった私の魔力回路。どれだけのことが出来るのかはまだ未知数だ。


「…闇魔法ね…。」


 ふと、考え込み呟く。そして空を見上げ…図書館に向かおうとしたとき、お父様とばったり出くわした。


「アナスタシア。ちょっといいか?」


「なんでしょう、お父様?」


「いや、大したことじゃあないんだが、今日は客人が来る予定でな。」


「はい。」


「どうにもそこの子がおまえに興味があるらしいんだ。」


「私に?」


 なんともまあ、変わった人間もいたものだ。


「アナスタシア…おまえも成長したからな。」


 なんというか…昔のことをつつかれている気がする。


「それで、その客人と言うのは…?」


「ああ、エドワード·ロレーヌ伯爵とその息子、アドルフ·ロレーヌだよ。」


 あ、アドルフ·ロレーヌかぁ…まさかの人物が興味を示してきたなぁ。寡黙で冷静沈着。こっちに興味がないと思わせておいて不意に見せる優しい一面…なんでもできるまさにスパダリ…。

 その幼少期なんてなかなか見れたものではない。これは是非とも拝んでおかなければ。


 そうして、父とともに馬車を迎える。その中から出てきたのは、どこか成長したアドルフを彷彿とさせるエドワード伯爵と…私よりも小柄な男の子…おそらくこの子がアドルフ·ロレーヌ。


「お久しぶりです。エドワード伯爵。」


「ああ、久しいな…英雄…。」


「その呼び方はやめていただけると…娘の手前でもありますし…。」


「これは失敬。」


 なんて会話をしている。何となくだけどお父様…さてはエドワード伯爵のことが苦手だな?


「お初にお目にかかります。エドワード·ロレーヌ伯爵。私、アナスタシア·アーバスノットですわ。」


 ふわりとスカートを持ち、礼をする。


「君がアナスタシアかい。アドルフが会いたがっていたんだよ。」


 ちらっと目配せでアドルフに挨拶を促す。


「あ、アドルフ·ロレーヌです…。」


 あれ…?私の知ってるアドルフじゃないな。どこか弱々しくて…いや、これはこれでかわいいけどアドルフのイメージとは解離している。


「はは…息子はちょっと人見知りなものでね。今日はよろしく頼むよ。」


 人見知り?あれ?私に興味があるとかなんとか…なぁんか、きな臭いな。

 エドワード·ロレーヌ…か…。


 その後、お父様とエドワード伯爵は対談のため応接間へ向かった。そして、部屋に残された私とアドルフは…なんの会話もなく10分が経過しようとしていた。


 気まずいって。やっぱりなんかおかしいって。そうは言っても初対面の…それも引っ込み思案の子との会話なんて全然思い浮かばないんですけど?何がどうなって今この子はここにいるわけ?


 と、そこで思い至る。私、人の心に入れるじゃん。それで何か理由がわかるかもしれない。

 アドルフを視界に入れ意識を飛ばす。


 見えてきた世界は…黒くどろどろとした空間。人影は皆、そのどろどろとしたもので形作られている。


『何…この空間。』


 少し、散策をして見るが代わり映えのない景色。そんな中、一際光っているような場所を見つける。そこだけは、どろも無く、どこか暖かい。


『これは…。』


 ベッドの上に横たわる…女性。アドルフに似た栗色の綺麗な髪…。それだけで何となくわかる。この人はアドルフの母親だと。作中では、すでにアドルフの母親と言うのは亡くなっていた。なんでも病気だったらしいが…。


『なるほどねぇ…。』


 ロレーヌ家…どこかワケアリと言うことらしい。その人以外にはまともな人間を見つけることはできなかった。


 意識を自分に戻す。そうして、ふとこぼしてみる。


「…アドルフ様、私と一緒にいるの気まずくありません?」


「い、いや…そんなことは…。」


「これでも、私、ある程度はわかりますのよ。今日、会いに来るのが嫌だったなら嫌と言えばよかったのに…。」


「そんなこと言われても僕の意見なんて…。」


「まあ…通らなくたっていいんですよ。わがままに振る舞うことも大事と言うことですわ。私なんてちょっと前まではわがままで有名でしたし。」


 本当、今となっては黒歴史だけど。


「でも…。」


「大丈夫ですわよ。人を信じるのが怖くたって。居るのでしょう?1人、信じれる人が。」


「…わかるの…?」


「言ったじゃないですか。ある程度はわかると。」


「…でもお母様は病気で…。」


 作中の病気とはやはり現在のことなのだろう。つまりこのまま行けば…。


「ご病気なのですね…回復の見込みは…。」


「お医者さんもどうなるかはわからないって…。」


 まあ…子供にはそう伝えるしかないでしょう。


「随分と大変な状況なのですね…エドワード伯爵も大変でしょうね…。」


「そんなことないよ…お父様は自分のことしか見えてない。今日だってこうして僕を連れてここに来ているわけだし…。」


 やっぱりそうね。この子は引っ込み思案とかじゃない。完全に人間不信に陥ってるわ。しかし…エドワード伯爵も何を考えているのかしら。話を聞くに、随分と危ない状況みたいですけど。

 なぜこのタイミングで?なぜ、人見知りとわかっている我が子を連れてここへ?


 私の勘が訴えているんだけど…なぁんか私、変なことに巻き込まれてません?


「そうね…そんな人には見えないけれど…。」


「お父様は…本当に急に突拍子もないことを言うから嫌なんだ…。」


 たとえ…エドワード伯爵の行動がアドルフに対する愛情から来ていようとも、ここまで空回りするのは良くないわね。


「なんというか、どことなく気持ちはわかりますわよ。貴族っていうのは上に振り回されるしかありませんから。」


 とはいっても今まで振り回してたの私だけどね。まあこれも大事なこと。


「…わかってくれるの…?」


「アドルフ様ほどじゃありませんけど…。」


 こっちに関しては前世の記憶が大きい。親から「ああしなさい」「こうしなさい」といわれ続け、先生からももっと勉強しろだのなんだのかんだの言われてあれには本当に参ったわ。結局言うことなんて聞かなかったけど…。


「…誰もわかってくれなかったんだ…今まで…。」


「抑圧してたら、息苦しくもなりますよ。そうなったら何もかも悲観的に見てしまうもの。苦しくなって当然ですよ。」


「…。」


「大丈夫ですよ。その不安って言うのも良くわかりますから。」


「アナスタシア様って…優しいんだね。」


「そんなことないですよ。ただ、ちょっとわかるってそれだけの話です。」


 特に、こういう小さい時期から黒い大人に触れてしまうと触発されてしまうわよね。悲観的な方向に走っちゃったらずっとそっちに行ってしまうもの。あんまり良くない状況ね。


「それだけでも…ありがたいですよ…。」


「お話くらいなら聞けますから。」


「アナスタシア様…。」


 なんとか、安心はしてくれたみたいね。そんなことを思っていると、アドルフは口を開く。


「今日、僕がここに来たのは婚約の話が上がったからなんだ。」


「婚約…?誰のです?」


「僕と…アナスタシア様だよ…。」


 アドルフと…私?


「な、なんで私!?」


「解んないんだよ…全部…全部お父様が決めた。」


「エドワード伯爵が?」


「そうだよ。」


「じゃあ今日の会談はその話で…アドルフ様との顔合わせってこと…?」


「多分…そうだと思う。」


 いやいや、何もかも解んなくなってきたんだけど!?そもそも婚約って?何がどうしてこんなタイミングでそんな話になるのよ!?

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